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V6、非恋愛系創作小説。9.11バージョン(2/2)  [ぶいろく系]

今年もまた、9月11日が訪れました。

ここでのんびりブログを書かせていただいておりますワタクシは、成瀬美穂名義で、本家のWEBのほうで、V6の非恋愛系小説を書かせていただいております。
その、パラレル小説の中の1作品「GROUND ZERO」という小説があるのですが(当該WEBにありますTOPページの「立ち読み企画」からお越しいただけます)その作品を書くきっかけは、まさに9.11にありました。

作品自体は完結しておりますが、完全版はPASS取得頂かなければ読めないページにありますので、今回は毎年書かせていただくつもりだった、お礼の小説が間に合わないお詫びもかねて、PASS請求にすごい時間を費やしたってお話もよくききますので(まあ、私自身も人様のページでPASS請求ってしませんからね。判る気もします)ここで、番外編1本と、9.11には、ラストの章のみ、掲載したいと思っております。

PASS請求は出来なかったけど、結局あの話の最後はどうなってるんだ??と、気になってくださってる方がおられたら、ちゃんとハッピーエンド、・・・とは、言いがたいかもしれませんが、きちんとした終わり方には持っていったつもりですので、ご覧ください。

では、今日は、最終話を。。。
(ちなみに、創作小説をお読みいただくに当たっての注意書きは、本家WEBのTOPに掲載させていただいておりますので、ご了承いただいた方のみ、お読みいただけましたら、幸いに存じます)

 

「 GROUND ZERO 」

 

~ First Contact Again ~

 





2001年 9月11日。
アメリカ 同時多発テロ、発生。

同日、日本国。
国立ケミカルセンター内、ジーンバンクラボにおいて、世界で唯一、ジェネティックの完成形が、誕生。



2011年 アメリカ。
政府指導の下、極秘プロジェクトであった、ジェネティック研究が暴露され、政府高官を含む、多くの関係者が更迭または、失脚。
結果、ジェネティック研究自体が、完全に凍結される。
以降、地球上において、ジェネティックの存在は、皆無との見解が出されるが、そこに確固たる証拠も、根拠もなく、にもかかわらず、アメリカ国民を初め、世界各国が、その意見に賛同し、ジェネティックに関する論議が幕を閉じた。



2021年 日本。
国立ケミカルセンターにて、戦後最大規模の、バイオハザードが発生。
担当地域の、警察と消防、レスキューはもとより、事態収拾に、自衛隊も出動する騒ぎとなったが、結果的に大きな被害を出すことなく、沈静化。
結果、国立ケミカルセンター跡地は、生物学研究に対する危険性を警鐘する為に、 GROUND ZERO として残されたが、施設をそのままにした真相は、センター内部に外部ロックが施され、手が出せなかったことに、あった。



2022年 日本。
件の、国立ケミカルセンター主席研究員であった森田博士の死を皮切りに、稀代のテロリスト ZERO の犯行が、始まる。
結果、10年に渡って、延べ41人もの死者を積み上げて、その活動は、停止した。


ZERO自身の、死をもって。







―――――2032年、日本。



もうすぐ、長野とAOTCで初めて出逢った、あの夏の日から、……ちょうど、一年の時が経とうとしていた。

カレンダーのさす日付は、まだ6月の下旬だというのに、梅雨の合間に見せる青空は、すでに、夏本番といった様相を呈していて、俺は、その空を見上げるたびに、一年前、AOTCビルを出た時に、照りつける太陽を見上げた、あの夏の日のことを、思い出す。


ZEROに、……いや、長野博という。
おそらく、この世界で最も稀有な魂に、出逢った。
そんな、奇跡のような瞬間を。








GROUND ZEROで、長野を送ったあの日から、俺は、ずっと考えていた。




長野が俺に、再び、ジェネティックをこの世界に生み出すことの出来る、……そんなブラックボックスとでも言うべきデータを、この手に残したことへの、…その意味を。





実際問題として、俺に託されたこのデータによって、本当に、再びジェネティックの完成形を、この世に送り出すことが出来るのかどうかなんて、そのデータ自体もまだ、開いてなどいない俺にとっては、わかりようもなかったし、まして、仮にそれを開いてみたところで、科学者でも研究者でもない俺には、事実それが、ジェネティックの完成形を作り出すことが可能であるか否かなど、知りようがなかったが。
けれど俺は、長野から託されたこのデータを、……本物だと、信じている。



ならば、俺がこれを託された理由は、もしかしたら、長野に試されているのかもしれないと、考えた。
その力を持ちえてなお、それを使わずに、いられるものかと。


だとしたら、俺の答えは、ひとつだ。


このデータチップを、跡形もなく消し去ってしまうことは、簡単だ。
長野から渡された、鎖の先端につけられたトップの部分に納められた、記憶チップ。
その、指先にさえ乗る、小さな記憶チップに過ぎないそれを、この世界から抹消することなど、他愛もない話なのだから。



けれど、長野はそうしなかった。
自分の身体は、その髪の毛の一本すら残すなと、高温で跡形もなく焼き尽くさせたのに、あえてこのデータだけは、俺に残した。




ならば、俺はこれを抱えて、生きていかなければいけないのだろう。





そして、これがあったからこそ、俺はまだ、TMTの隊員でいられる。


すでに、除隊処分を受けていてもおかしくないことを、散々やらかしたにもかかわらず、今現在も、俺は、TMTの隊員として、ここに、…いる。


そのことに気づいた俺は、長野が俺を試す為だけに、これを残したわけではなかったんだな、……と、感じた。



俺は、TMTを辞められない。


しかし、俺のとった行動によって、本来、TMTの隊員としての俺の立場は、風前の灯火と化していた。
うまくいって、除隊処分。
悪くすれば、軍法会議ものだった。


だから俺は、TMTを辞めずにすむ為に、このデータを、自分の保身を図るカードにした。


そのことを、きっと、長野は許してくれるだろうと、俺は考えた。

なぜなら、長野はかつて、俺に言った。
『やめないで』
……と。
あの、30年目の9.11の日に、
『TMTを、やめないで欲しい。…何を聞いても、何があっても』
と、長野は俺に、そう言った。


そう、約束して欲しいと。
そして俺は、辞めないと、約束した。


だから長野は、俺のその行動によって、俺がTMTを辞めずにすむのならば、きっと俺の選択を、許してくれるだろうと、……俺は、覚悟を決めた。



そして俺は、ある行動を、とった。
このデータの存在は、あのGOROUND ZEROの、…あの場にいた人間しか、知りえないことだったが、俺はそれを、TMT幹部に対して、……あえて、オープンにした。


そうすることで、TMTは俺を、除隊処分に、できなくなった。


当然のことながら、TMTの幹部連中、ひいては、それを統括する自衛隊および、国の最重要機関の人間達にとって、俺がジェネティック再構築のデータを握っているという、…その信憑性は、ないに等しいと思っていたに違いない。
実際、多くの研究者たちが、途方もない時間を費やして、たった一度しか、成功しなかった、それなのだから。

ただ、それがニセモノか、本物か。
それが本物である確立が、限りなく0に近かったとしても、0ではない以上、放置することは、出来なかった。


したがって、このデータの真偽のほどを確かめるまでは、それを握っている俺を、TMTは、手放すわけに、行かなくなったのだ。





長野は俺を、試したかったわけではない。
もしものときのために、最後の切り札を、俺に残してくれたんだと、……俺は、このときになって初めて、気づいた。



”これをどう使おうと、坂本君の自由だから”


長野の言った言葉の意味は、その真意は、ここにあったのだ。



長野は、この世界の未来を守り。
そして、今なお、俺を守ってくれている。



その想いに、俺は全身全霊を持って応えたい。
たとえこの先、何があろうとも…。







GROUND ZEROで、長野を送ったあの日から、2ヶ月が過ぎていた。


めまぐるしく過ぎていく日々の中で、天と地が入れ替わったくらいの衝撃が走った、稀代のテロリストと呼ばれたZEROが、実は地球上に現存していないはずの、ジェネティックであったという、その誰もが予想だにしない、驚くべき真相ではあったが、それでも普通に日常は戻り、世間の騒ぎも、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


今は、書店の平ずみに、”ジェネティック”の文字が並んだ書物が、所狭しと並べられている位で、テレビでは、時折特集を組んで、報道されている程度に、留まってきていた。




そんなある日、俺は仕事中に突然、TMT本部内にある、ほとんど使われていないはずの会議室に、呼び出された。


向かった部屋の前で、廊下の壁にもたれかかるようにして、俺が来るのを待っていた東山は、近づいた俺に気づくと、俯けていた顔を上げ、
「とうとう、大物が出てきたぞ」
とだけ言って、苦笑いを浮かべていた。


それが、誰をさすことなのか。
俺が呼び出された、その会議室の扉を開けずとも、この扉の向こうにいるであろう人物が想定できた俺は、一つため息を零してから、答えた。


「じゃあ、いい加減、これを最後にして欲しいですね」


俺がそう答えると、東山はあづけていた壁から体を起こし、
「そうだな」
とだけ言って、その扉をノックしてから、開けた。





こんな部屋が、TMT本部内にあったのか、……と、思わず聞きたくなるくらい、薄暗い会議室の、ゆうに50メートルは離れているであろう円卓の向こう側に、どっしりとソファチェアに腰を下ろす初老の男性の前で、俺はただ、漫然とした時間を過ごしていた。


いや、その初老の男性は、先ほどから幾度となく、興奮気味に、どこかできいた風な演説を、声高に繰返し、時に諌め、時に懐柔を促すように、俺に向かって、延々と話し続けていた。


いつまで続くとも知らぬその演説は、聞いた端から、そもそも真剣に聞く気など、はなからなかったお陰で、するすると俺の耳を通り過ぎていっていたが、いい加減そのことにも飽き始めていた俺は、これ以上、明らかに無駄と思える時間を、ここでこのまま過ごす気にもなれず、俺の隣に立つ東山のほうに、
”もういいでしょう? ”
と、言外な気持ちを込めて、一瞬目をやった。




俺を説き伏せ、俺の握る、ジェネティックの完成形を創造することが出来る、そのデータを手放させようと、本当に、入れ替わり立ち替わり、色々な立場の人間が、この2ヶ月もの間、途切れることなくやってきていた。


そして俺は、その度に、誰に対しても、同じ答えを返していた。
その答えを、かえる気がないとも、言い続けてきた。


だからこそ、もういい加減、本当に、……これが最後であることを、祈りたかった。




東山とて、俺の直の上司である以上、今回のことでは、俺が知らないところで、彼の立場を悪くしている可能性は大いにあるし、ある程度の地位にあるとはいえ、国家レベルで見れば、TMTなど、国の一防衛機関に過ぎないため、多方面からの風当たりがきついだろうことは、容易に想像できた。
しかも、今日のように、俺が普通にしていれば、もしかすると一生口をきくこともないであろう立場の人間に呼び出されるたびに、同じように俺と、俺の上司としてその場に同席しなければならないことは、当事者である俺は致し方ないにしろ、それが結果として、彼へと負担をかけていることも理解していたが、彼がそれを責めるようなことを俺に言うことは、一度としてなかった。


恐らく、この件に関わっている人間達の、誰よりも、俺の心裡を、……誰が出てこようが、何を言われようが、……俺が決して、その気持ちをかえることはないと、東山は知ってくれているのであろう。
だからこそ、今この場で、そんな態度の俺を、横目で見下ろし、その気持ちに気づいているからであろう、……彼の立場上、諸手を上げて、それに賛成することは出来ないが、それでも、諦めた様に、ふっと瞳を閉じて見せた。



俺はそれを確認してから、俺たちのそんな行動に、まったく気づきもせず、悦に入った演説を繰り広げる初老の男性に、視線をやった。




彼は、この国の長たる人間で。
そして、長野の残したデータに群がる、ハイエナだった。



「どうだい、坂本隊員。
…私の理想と熱意は、もう、十二分に伝わっただろう? 
君の、自衛官として、賞賛されるべき慈悲深い思いも、清廉潔白な気持ちも、私は理解しているつもりだ。
だから、もちろんこれから先、生産されるジェネティックには、われわれと同じような生活を、約束しよう。
いや、逆に君が、彼らに自我が不必要だというのであれば、自我の形成は行わなければいい、そうだろう? 」



何が、理解しているつもりだ、…だ。
ふざけるなと言ってやりたいのを、俺はぐっと堪えた。


そんな俺の気持ちに、気づきもしていないその男は、なおも言葉を続けた。


「さあ、決断したまえ。
君がその首を、ただ縦にさえ振れば、我々は進化の頂点に立てる。
当然、君にはこのプロジェクトの要職を用意しよう。
君の希望するポストなら、私はなんでも用意することができるからね。
そこに君も、立ってみたいとは、思わないのかね? 」



その男は、演技がかった身振り手振りで、そういった。


俺は、吐き気がした。

ブラウン管の向こうでは、磨きあげられた大理石の床に、重々しくひかれた赤じゅうたんの上で、全ては国民の為、……と、偉そうなことを、言葉巧みに話してはいるが、それは全て、作られた台詞を、決められた動作で話していただけなんだろうな、……と、感じた。


間接的ではあろうとも、自分の選んだこの国の長が、こんな人間だったとは、情けないにも程があるだろうと、思った。



そう、TMTの幹部連中や自衛隊、防衛庁等が、懐柔し損ねた俺を、なんとか説き伏せる為に用意された、満を持して登場した最後の刺客がこれでは、お話にならない、……と、最後に彼を選んだ人間に、言いたいくらいだった。


それほどに、今俺の目の前にいる彼は、卑小にみえた。





「総理」


この部屋に来て、初めて俺が発した言葉に、彼はわざと作ったとわかる、胸糞の悪くなるにこやかな顔を、こちらに向けた。


「お話は、それで終わりですか? 」


俺がそう聞くと、とたんに彼の表情が歪んだ。


「では、仕事がありますので、失礼します」



俺がそういって、クルリと背を向けようとしたところで、彼は慌てて、座っていた椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がった。
先ほどまでの余裕は、微塵も感じられなかった。



「待ちたまえ! まだ返事を聞いておらん」


俺はもう一度、彼のほうを向いて答えた。


「総理もすでに、ご存知のはずです。
私は、何があろうと、このデータをお渡しするつもりはないと、……誰に聞かれようとも、そう答え続けていることを。
…そして、その考えを、一切変えるつもりはないということを。
ですから、これ以上そのことについてお話しすることは、何もありません」



俺がそういうと、見る見る顔を引きつらせた彼は、唾が飛びそうな勢いで、言葉を放った。


「貴様は、たかだかTMTの一隊員だ。
今、自分がやろうとしていることは、完全な背任行為だぞっ! 」



突如豹変した彼の物言いが、あまりに予想通り過ぎたので、俺は、馬鹿馬鹿しくて、小さく笑ってしまった。



たかだか、TMT。
そのTMTに守られている実感すらわかない、頭の悪い政治家は、よくそういった言い方をする。
自分達の意見に、ハイと頷かない人間ばかりが集まっているのも事実だが、結果それが、功を奏していることに、気づけないのだ。
結局のところ、所詮TMTは、自衛官崩れとならず者集団に過ぎないと、見下した思いを、持っているのだろう。


しかし、いまや、そのTMTなくして、あなたはそこにのんびり座っていることなど、出来やしませんよ、……と、言ってやりたかったが、その言葉は、かろうじて飲み込んだ。


そんな俺を、隣の東山は、諌めるように肘で軽くつついたが、俺はその笑いを含んだまま、今更、何を言っているんだという気持ちで、答えを返した。


「そんなことは、百も承知です」
「なにっ? 」


いわれた彼は、泡を食ったような驚きを、その顔に貼り付けていた。


「だったら、命令無視の背任行為で、私を除隊処分にしますか? 
……かまいませんよ。
そうなれば、私はこのデータを持って、もっと待遇のいい、別の組織に移るだけです。
幸い、このデータさえあれば、どんな国でも組織でも、私を歓待してくれるはずですから」


瞬間、彼は気色ばんだ。


「それが貴様の本音か? 」
「いいえ。
私の希望は、あくまで、TMTの隊員であることです。
ただ、それがかなわないのであれば、残念ですが、他の組織へ行かざる得ない、…と、申し上げているのです」


彼は、とたんに声の調子を変えていった。
よくもまあ、舌の根も乾かぬうちに、こうも、ころころと態度を変えられるものだと、あきれ果てた。


「ならば、悪いようにはしない。
黙って私に、ついてくればいいではないか」
「あなたについて、どうしろと? 」
「時代を変えるのだよ。
ジェネティックさえ手に入れば、……世界を変えることができるのだよ。
もう、日本がアメリカの言いなりになることもないのだから。
この日本こそが、世界最強の国となる。
そんな時代が、くるんだよ。
……ジェネティックさえあれば、この時代を、大きく変えることができると、…そうは思わないのかね? 」



俺は、今度こそ声に出して笑った。
彼は、すぐさま、怪訝な顔をした。
東山は、もうなにもしてこなかった。


俺は、なおも続く笑いを、なんとか押しとどめて、言った。



「そんなに時代を変えたいのなら、総理が、ご自分の力で、やることです。
人の、…ジェネティックの力に、頼らずに」
「……なっ! 」
「まあ、あなたのような人間に、変えることが出来るものなんて、それほど大したことではないでしょうけど」




そういった俺を、腹に据えかねた様子で、憎憎しげな目をし、ぎろりと睨み付けた彼は、蹴飛ばした椅子に、再度ドスンと腰を下ろした。
そして、怒りで朱に染まった顔を見せまいとしてか、椅子をぐるっと動かすと、こちらに背を向けて、言った。


「もういい、出て行きたまえ。
……そして、二度と私の前に、その顔をみせるなっ! 」



負け犬の遠吠えにしか聞こえないその台詞に、こみ上げる笑いをこらえながら、俺は一言だけを残し、会議室を後にした。



「喜んで」






「やっぱ、俺らのリーダーは、最高だねっ! 」
「うん、坂本君、ちょーカッコよかった!! 」


会議室を出たとたん、いつの間に来ていたのやら、部屋の外で待ち構えていた井ノ原と健が、やんややんやと、この場に似つかわしくない拍手喝さいで迎えてくれた。


どうやら、扉のこちら側で、その向こうでのやり取りを、息を潜めて聞き耳を立てていた、……といったところだろう。



「俺もあんたのこと、…初めて、尊敬した」


二人の後ろからそういって、そっと顔をのぞかせた剛に、
「っていうか、初めてなのかよ」
と、軽く返してから、苦笑した。



いわれた剛は、めずらしく無邪気な顔でうひょひょと笑い、それを見ていた井ノ原と健も、同じように、笑い転げていた。


俺は、そんな三人を一通り見回してから、その背を押して、言った。


「茶番は、終わり。
さあ、仕事だ、仕事。
…まだ勤務時間中だ、さっさと戻るぞ」



そんな俺の言葉に、先に廊下を歩き出した健は、
「はーい♪ 」
なんて、わざとらしくかわいい声をだし、右手を高く上げた。

その健の様子をみて、
「健ちゃんかわいい~♪ 」
などと、ふざけたことをほざいている井ノ原を、剛が後ろから、
「気持ち悪りぃんだよっ! 」
と、容赦なく蹴飛ばしていた。



そんな、いつもと変わらない彼らの態度に、俺は溜めていた息をようやくほっと吐き出し、彼らの後ろから歩き出した。





「坂本」



突き当たりの角を曲がろうとしたところで、後ろからかけられた東山の声に、俺は振り返った。
俺の少し前を歩いていた3人も、同じように立ち止まったようだった。



東山は、足早に俺に近づき、言った。


「本当に、これでよかったのか? 」


東山は、探るような目で、俺を見ていた。



つまり、俺が長野から受け取ったデータの存在をオープンにし、その上で、それを誰にも渡さないという、…そういう行動に出ていることに対しての、最後の問いかけのつもりなのだろう。


今ならまだ、実はあれは、自分の保身を図る為についた嘘でした、…と、取り繕うことが出来る。
俺の手の中にある、あのデータの存在を、俺が握りつぶしたところで、当初からその存在を自らの目で確かめた人間など、井ノ原たちを除けば、実際いないのだから、わかりようもない。


ようするに、今ならまだ、本当は最初からそんなものは、存在していなかったと言えば、きっとそれが、まかり通るのだ。


ある意味、TMTとしても、そのほうが、余計なトラブルを抱え込まなくてすむ分、本当は、俺の握るこのデータが、ニセモノであることを望んでいると言った方が、正しいのかもしれない。


ジェネティックの完成形は、ある意味支配者にとって、夢の産物だ。
ただ、TMTは、その存在が引き起こすであろう恐ろしさも、想定できる分、愚かな支配者たちよりかは、遥かにその存在に、脅威を覚えている。


生み出されるジェネティックが、必ずしも長野のような、良心を持つ存在である可能性なんて、本当は、万に一つもないはずなのだから。


夢は所詮、夢のままで置いておきたい。
……それが、TMTの本音だった。



だから東山は、俺にこうやって、最後の確認に来た。


とはいえ俺は、たった今、この国の首相である総理相手に、あれだけのことを、言い放ったのだ。


ならば、これから先はもう、後戻りは出来ないと。
だから、本当にこれでよかったのかと、俺に確認したいのだろう。



ただ、もともと東山は、俺がそうするつもりだと話したときに、反対はしなかった。
もちろん、賛成もしなかったけれども。
それで、俺が後悔しないのなら、そうしろと。
……ただ、そういってくれた。


そのことに、俺は今でも、心から感謝している。
あの時、東山に真っ向から反対されていたら、もしかしたら、俺は誤った道を、選んでしまっていたかもしれなかったから。


でも、そうじゃなかったから、俺は潔く、このデータを抱えていく覚悟を決めた。




俺は答えた、東山の目を、まっすぐ見据えて。


「はい」


東山は、ひとつ息を吐いた。


「ジェネティックのデータの存在は、お前を守りはするが、同時に、お前をここに縛り付けることになるんだぞ」


俺は、唇の端を少し持ち上げてから、答えた。


「長野のことも、岡田君のことも、…まだ全然、何も終わってませんから。
全ての片がつくまで、俺はここを、離れるわけにはいかないんです。
俺にはまだ、TMT隊員としての立場が、必要なんです。
…それに、最初から俺は、TMTを辞めるつもりなんて、毛頭ありませんでしたから。
それこそ、望むところです」
「お前が、そのデータを手放さない限り、TMTを辞めさせられることもない代わり、この先出世することもない。
TMTに、…いや、国家に、楯突いたんだ。
これから先お前は、TMTで、幹部になれるわけでも、教官になれるわけでもない、…飼い殺しだ。
まして、そんな爆弾抱えた人間を、縦社会の関係が色濃く残る自衛隊が、受け入れるわけもないのだから、お前は現役の自衛官でありながら、もう二度と、原隊に復帰することもかなわない」
「……でしょうね」



そんな状況は、安易に想像できたから、俺はそう相槌を打った。
東山は、彼特有の鋭い切れ長の目で、俺を見た。



「一生、TMTの一隊員で、終わるつもりか? 」


俺は、今度こそ、ちゃんと唇の両端を上手に持ち上げてから、返事を返した。


「いいんです。
絶対にTMTを辞めないと、…長野とそう、約束しましたから」



俺がそういうと、俺の後ろに立っていた健が、鼻をひとつすんとならした。


「……そうか」


東山は、それだけいって、視線を、身体ごと廊下の壁にはめ込まれた、窓の外へ向けた。





「終わったな」



ふいに東山は、言った。
深い、とても深い、一言だった。



何が、…と聞かれれば、それを容易に答えることは、出来ない。


けれど、少なくとも東山の中で、あの9.11からずっと引きずってきたものが、今、ようやく終焉を迎えられたのは、確かだった。




俺も、彼の視線の先に眼をやって答えた。


「はい。
…でもきっと、これからです」
「そうだな」


東山は、静かに答えた。



「東山さん」
「…何だ」


窓の向こうを見つめたままの東山の横顔に、俺は質問を投げた。


「答えは、見つかりましたか? 」


俺がそう聞くと、東山はふっと顔をこちらに向けて、
「ああ」
と、うなずいて見せた。



「俺は、テロのなくなる未来は来ないと、……TMTを続ければ続けるほど、その思いは、強くなっていった」
「…東山さん……」
「テロを撲滅する為に、TMTを設立して。
そのための組織にいながらそう思うなんて、本末転倒もいいところだけどな」


そういって、東山は、自嘲するように笑った。
俺は、首を振って答えた。


「いえ、あれだけ多くの仲間が、バタバタとテロの前に命を落としていけば、誰だってそう思います」


俺がそう言うと、東山は間髪いれずに、言葉を返した。


「でもお前は、そうは思わなかった」
「…………」
「そして彼も。
彼は、人間全部を、…いや、この世界の全てを、恨んでもいてもおかしくはなかったのに、この世界は、彼に憎まれて、当然だったのに。
それでも彼は、未来へと伸ばされた腕(かいな)に、いつか必ず、テロリストを生むことのない世界をつかむ日が来ると、…そう信じて、疑っていなかった」
「…はい」
「今は無理でも、いつかきっと。
…そう信じて、この世界を、俺達の手に、残してくれた。
……人間は時に、償いようのない過ちを犯す。
けど、その過ちを繰り返さないために、自らの命をかける事の出来る人間も、この世界にいるってことを、ZEROは、…いや、長野博という名の青年は、知っていたんだろうな」
「東山さん…」
「そういう人間がいることを、彼は知っていたから、信じていたから。
だから、…この世界の未来も、信じることが出来た。
……俺は今、そう思うよ」
「はい」



俺は、ゆっくりと首を縦に振り、東山の言葉に同意した。
彼は、小さく笑い、俺の後ろに立つ3人にそっと目をやってから、話し出した。


「正直なところ、井ノ原を通して、彼から岡田君のことを依頼されたとき、岡田君はもちろん、…彼もまた、救えないものかと、……その方法を、模索した」
「…えっ? 」
「俺も彼を、…救いたかったんだ」
「…救い、たかった…? 」
「TMTに、あるまじき発言なのは、重々承知の上だ。
それでも、…俺は、彼を救いたかった。
彼の望む未来を、彼が生きている間に、それを見せることが無理なのは、わかっていたけれど。
例えそうだとしても、叶わぬ願いであろうとも、彼に生きて欲しいと、……心のどこかで、ずっと、考えていた」
「長野に、生きて…」
「ああ、生きて欲しかった。
……彼を、救いたかった」
「そうだったんですか…」



俺がそう返すと、東山は何かを振り払うように、視線を再び窓の向こうに投げ、窓枠に両手を着いて、身を乗り出すように、その向こう側を眺めながらいった。



「でも、違ったんだな」


不意につぶやかれた言葉に、俺は顔を上げた。



東山は、先ほどと変わらず、斜め上に視線をやって、窓の向こうに広がる空を、じっと見上げているようだった。


「彼が求めていたものは、救いじゃない」
「…救いじゃ…ない? 」
「彼の求めていたものは、…きっと、岡田君や、井ノ原や森田や三宅、そして坂本、…お前のような人間が、この世界を、諦めずに生きて行ってくれること。
お前らのような人間がいる、この世界が、…ただ、そこにあることを、彼は望んでいたんだと、…俺は思っている」



俺の後ろで聞いていた3人も、その言葉に身じろいだ。
そういう風に、空気が動いた。


「諦めずに、…ですか? 」
「ああ、そうだ。
彼が望んだものは、ただ、それだけだったんだろうな」



俺の後ろで、井ノ原が鼻をすすった。
健は、しゃくりあげるように、息をついた。


体は前を向いたまま、自分の首だけを動かして、横目で後ろを振り返ったら、剛はあごをくいと持ち上げて、彼の瞳にあふれた涙をこぼさまいとしているようだった。




確かに、長野が彼らに、…この世界に求めたのは、……救いではなかったかもしれない。
いや、きっとそうなのだろう。



けれど、俺の目の前で、
『オレノコトヲスクッテハクレナイノ』
と、言ったのもまた、事実だった。



俺に、長野は、救えなかった。


そして長野が、本当に救いを、全く求めていなかったのかときかれれば、俺はそれに、イエスと答えることが出来ない。
どうしても、出来ない。



なぜなら、長野が最後に聴きたがったのは、レクイエムだったから。



もう、音を聴くことの出来ないその耳で。
もう、光を感じることの出来なくなりつつあるその目で。


彼はレクイエムを求めた。
己が魂を、沈める唄を。




だから、俺は。
俺だけは、長野が救いを、全く求めていなかったと、そう言い切ることは、できない。


彼はサイボーグじゃない。
ひとつの目的の為に、ただ闇雲に邁進する、機械ではない。


だって彼は、人と同じ、心を持っていたのだから。


彼はきっと、心のどこかで、それを求めていた。
そして俺は、彼にそれを与えることが、出来なかった。



それが事実で、真実だった。





何も答えない俺に、いつの間にか視線を戻していた東山は、言った。


「いつか彼が。
…彼の魂が、この世界に還ってきたとき。
…その時は、この世界で流される涙が、少しでも減っていると、いいな」



俺は、深くうなずき、
「はい」
と、…祈りにも似た気持ちで、その言葉を言った。


東山は、満足そうに頷いて、それから少し間を空けたかと思うと、ふっと視線を俺に絡めて、言葉を放った。


「そのためにも坂本。
お前もちゃんと、…生き残ることを、考えろ」


瞬間俺は、返す言葉が見つからず、東山を見返した。


「お前が死んだら、こいつらが3人が泣くだけじゃ、終わらないぞ」
「はい? 」


東山はそういって、シニカルな笑みを作って、俺の後ろの3人を指差した。
俺は、彼のいわんとしていることがわからず、間抜けな声しか返せなかった。
そして、言われた当人たちもまた、どう返していいのかわからずに、目をぱちくりさせていた。


そんな俺たちを、一瞥した東山は、笑いを含んだ声で言った。


「お前に死なれて、この3人を残される、TMTの身にもなれ」
「…ああ、はい」


俺も、小さく笑いが漏れた。


「お前以外に、こんな規格外のやつらの面倒を見られる人間は、うちにはいないからな」


そんな、この上なく失礼な東山の意見に、言われた後ろの3人は、
「それはちょっと、酷いですよ~」
とか、軽く抗議の言葉を発しつつ、笑いが漏れていた。



俺は、そんな3人に目をやってから、
「了解です」
と、東山に言った。


俺の答えに頷くしぐさを見せた東山は、踵を返して歩き出そうとしたが、つと足先を止めると、肩越しに俺を振り返って、思い出したかのように、話し出した。


「それとな」
「…はい」
「後で、お前に渡すものがある」


なぜだか、東山が含みを持たせてそういったので、俺は、冗談で返した。


「金一封か、功労賞ですか? 」


そんな、どうあってもありえないことを、うそぶいた俺に、東山は、
「もらえる立場か? 」
と、片眉を上げ、返してきた。


「冗談です。
…あのデータの一件があるとはいえ、除隊処分にならなかっただけで、十分奇跡みたいなもんだって、自覚はありますから」
「ならいい」


そこまで言った東山は、身体をもう一度こちらに向けて、続きの言葉を口にした。


「でも、俺が長官だったら、…いくつ勲章をやっても、足りないくらいだけどな」


その言葉に俺は、一瞬だけ、鼻の奥がつんと、痛んだ。
俺は、それを振り払うかのように、軽く答えた。


「褒めすぎですよ。
…俺に出来たことは、あの場で、ただ、…長野にレクイエムを聴かせた、…それだけに、過ぎません」
「それで、十分だろう? 」
「…………」



東山はそういったが、俺は、それで十分なんて、到底思えなかったから、何も答えなかった。
空気の動きを止める、沈黙が落ちる。


それを払拭するように、東山は口を開いた。


「…まあいい。
それは、俺が決めることじゃないからな。
けど俺は、お前のしたことを、正しかったと、…信じてる。
だから…」
「だから、何か下さるんですか? 」


俺は、その場を軽くする言葉を吐いた。
東山も、それに同調した。


「ああ。
おそらくお前が、一番喜ぶものだよ」
「楽しみにしています」
「じゃあな。
あとでそっちに、届けさせるから」
「はい」



と、そのとき。
制服のポケットに、入れられたままのPDIが、緊急を知らせるけたたましいアラームを響かせた。
俺は、後ろの3人に、
「戻るぞ」
と、声をかけた。

3人とも、同じタイミングで、頷いた。




「坂本」


走り出しかけた俺の背中に、東山の声がかかる。
俺は、振り返った。


「また、…忙しくなるな」
「覚悟は出来ています」


俺がそう言うと、東山は、めったと浮かべない笑みを、その頬に刻んだ。


「”いつか”の未来を、…俺も、信じることにするよ」
「はい。
…それが、長野の望んだことだと、…俺も、信じてますから」



それだけ言って、俺は軽く敬礼をしてから、3人を促し、駆け出した。






この場所で、”いつか”の未来を、守るために。









「ほんじゃあ今日も、これで伝達事項は終わりなんで、締めます~。
お疲れ様でしたっ! 」



相変わらず、本人が聞いたら怒り出しそうだが、実際のところ、無駄に元気な井ノ原が、緊急呼び出しも、大事にいたらず収まり、通常の72時間勤務を終え、いつものミーティングのお開きを宣言したことで、俺は、自分の席に戻ってきた井ノ原に、
「お疲れ」
とだけ声をかけて、帰り支度を始めた。


そして、こちらもまたいつもと変わらず、まったくもってやる気のない態度で、会議机に頬杖をついていた剛と、さっきまでのだらだらモードはどこへやら、びっくるするぐらいのすばやさで、さっさと荷物をまとめた健が、椅子から立ち上がろうとしていた。




と、そのとき。
シュンと、軽い音を立てて、不意に扉が開いた。



TMT本部内の扉は、セキュリティの関係上、認証データの合致した人間が手をかざすことでしか、その扉を開くことの出来ない部屋が、ほとんどだった。
当然、この部屋も、そのように設定されていて、事前に登録された人間なら別だが、それ以外に、この全員がこの室内にいる状況で、外部からなんの障害も受けずに扉を開けさせ、入室できる人間など、いないはずだったが、実際、その扉は開き、そこには、一人の青年が、立っていた。

そういう開き方をする扉を知らなかったのか、その開かれた扉の向こうに立っていた青年は、いぶかしげに、自分がかざした手のひらと、扉の横に埋め込まれたシステムの基盤を交互に見やってから、不思議そうな顔をして、その今開かれたばかりの扉を、まじまじと見ていた。


それからゆっくりと顔を上げ、その扉の真正面に立つ俺と目を合わせると、ふわっと、小さく微笑んだ。



俺は、息を呑んだ。


そこにいた青年は、……岡田准一だった。




井ノ原は、先ほどまで読み上げていた、手にした資料をバサバサと取り落とし。
剛は、立ち上がりかけた椅子を、ガタンと鳴らし、動きを止めた。
健は、何事かを口にしようとしていたが、うまい言葉が見つからないのか、酸素の足りない金魚のように、口をパクパクさせていた。



そんな3人にも、小さく笑って見せた准一は、何を言うでもなく、スタスタと部屋に入ってきた。
その後ろでまた、シュンと扉が自動で閉まる。


今度は、それに気にすることなく歩を進めた准一は、迷うことなく、まっすぐに、…部屋の一番奥で、動きを止めている俺に向かって、歩いてきた。



俺の目の前で立ち止まった准一は、幾分俺より低いところにある、小さな顔をくいっと持ち上げて、俺を正面から見つめた。



「坂本さん、…ですよね? 」



その声は、…もう、ここにはいない彼を思い起こさせる、優しい声だった。


立ち尽くしていた俺は、その言葉に、かろうじて、うなずき返すことだけしか、出来なかった。



「な…んで…? 」



俺がなんとか搾り出すように口にした言葉は、そこで途切れた。





そう。
なんで、俺がわかったのか。


准一は、今の今まで、俺たち全員の顔を知らなかったはずだ。
そして、今は誰一人として、声を出してはいなかった。
だから、その声で、相手を判別することは、できない。
それでも、彼は、俺がわかった。
だからそう聞いた。



聞かれた彼は、いとも簡単に、その答えを言った。


「やって、この瞳は長野君のやから。
長野君が、坂本さんを見間違うことなんか、絶対にあらへんよ」




俺は、知らずと込み上げてくる想いに、歯を食いしばった。


准一は、話を進めた。


「今日、ようやっと、完全に包帯が取れたんです。
…っていうても、まだ3時間しか、このままでおられへんのですけど。
なんや、ちょっとずつ慣らして行くそうで、病院帰ったら、また、包帯ぐるぐる巻きにされるらしいんですけどね」


それでも准一は、それが大したことじゃないように見える笑顔で、くすくすと笑いながら、そういった。


俺はようやく自分を取り戻して、准一に言った。


「担当の医師に、ずっと経過は聞いていたから、今日包帯が取れることは、あらかじめ知っていたんだけど、……まさか、君のほうから逢いに来てくれるとは、思ってもみなかった」



それが、正直な気持ちだった。
だからそういった。
すると、准一は首をかしげて答えた。



「僕は、最初っから、…この瞳がちゃんと見えるようになったら、絶対に、坂本さんに一番に逢いに行こう思てたんですよ? 
せやから、それまでは、外出許可くらい、とれんことはなかったんですけど、わざと逢いにきませんでしたし、しょっちゅうお見舞いに来てくれる剛君らにも、坂本さんのこと聞いたり、逢いたいゆうたり、せんかったんです」



初めて聞かされる准一の気持ちに、俺は、驚きを隠せなかった。
いや、それは、この場にいる、井ノ原たち3人にも、同じことだろう。




准一の移植手術がすんでからこちら、彼が俺のことを口にすることは、一度もなかった。


俺は、その理由を、准一の意向を無視して、長野を彼の手から取り上げて、何一つ残さず、燃やしてしまったことを、誰よりも恨んでいるのだろうと思っていたから、俺も出来るだけ、井ノ原たち3人と、准一のことについて話をすることを、避けていた。


少なくとも、俺以外の3人のことは、准一は受け入れられたようだったから、そこに水を差す気になれなかったのが、本音だった。


けれど、それは違ったと、准一は言った。




「この瞳は、長野君やから。
せやから、この瞳が見えるようになって、長野君が一番に逢いに行きたい人ゆうたら、坂本さんしかおらへん思たんです。
やから僕も、この目が見えるようになったとき、一番最初にこの瞳に映したいんは、坂本さんや思て、東山さんに無理ゆうて、今日、…ここにいれてもらえるよう、お願いしてたんです。
ホンマやったら、こないなとこ、僕がこれるような場所と、ちゃいますからね」
「岡田君……」
「准一で、ええです。
…長野君も、僕を、そう呼んでくれてましたから」



俺は、言葉もなく、ただ、子供のように、何度も首をたてに振って、答えた。



「誰よりも、長野君の瞳が逢いたい人は、…坂本さん、あなたやと、僕は感じてます。
…多分、いや、…きっと。
間違うてないと、思います。
僕はあなたに、早く逢いたかった。
逢って、それを伝えたかったんです」
「准一…」



彼の名だけを口にすると、それ以上の言葉は、続けることが出来なかった。



俺は、右手で自分の口元を、覆った。
ともすれば、漏れそうになる嗚咽を、なんとかかみ殺した。



「逢えてよかった」



そう呟いた准一の瞳から、すうっと音もなく、透明な涙が一筋、零れ落ちた。



俺はたまらずに、准一の左頬の雫を、自分の指先で拭った。
その俺の右手を、准一は自分の左手で、その頬に押し当てるように、きゅっと握った。




「大丈夫。
長野君の瞳は、僕が守るから。
……長野君自身を守れへんかった分も、せめて、残されたこの瞳だけは、何があっても、僕が生涯かけて、ちゃんと守るから。
どんなことをしても、絶対に、守り通して見せるから。
やから、…安心して、坂本さんは、どんなことがあっても、長野君との約束を、……守ってな」



俺は、准一に握られた手もそのままに、ほっそりとした彼の体に、そっと腕を回した。


薄い胸板は、まだ彼に、少年の脆さを感じさせた。
けれど、彼に握られた手の力強さに、彼の途方もない優しさを感じた。



「ありがとう」



俺は、ただ感謝の気持ちを述べた。


”逢えてよかった”
それは、俺が言いたかった言葉だ。


俺のほうこそ、そういいたかった。


逢えてよかった。


長野に。
准一に。
井ノ原に、剛に、健に。


本当に、逢えてよかった。




腕の中の准一は、それ以外の言葉を忘れてしまったかのように、ただひたすら、
「ありがとう」
の言葉を繰り返す俺に、何度も、…何度も、頷き返してくれた。



そして、俺の腕の中から、そっと顔を上げて、その小さな顔に浮かぶ、吸い込まれそうなほど透明で、大きな瞳に、俺を映して、その言葉を言った。



「坂本君、レクイエムを聴かせてくれて、ありがとう」



その刹那、ギリギリのところでなんとか堪えていた涙が、堰を切って溢れ出した。


ふと、長野の死を見送ったあの日以来、俺は自分が今、初めて涙を流したことに、気づいた。




長野を救えなかった。
その罪悪感が、あのときからずっと、俺の中にあった。


もう少し、…あと、少しでも早ければ、他に出来たことが、あったかもしれなかったのに。
それなのに、ただ、レクイエムを唄うことしか出来なかった自分を、心のどこかで、許せずにいた。



けど、その言葉で、そんな想い全てが、氷解した。
許されている。
……確かに、そう感じた。



なぜなら、准一の唇からつむぎだされたその言葉は、長野の言葉だと思ったから。
そう感じたから。



だから俺は、腕の中から、自分を見上げてくる、その瞳を見つめ、誓った。
長野との約束を、必ず、守り抜いてみせると。







この瞳は、長野だ。


准一は、長野と、同じ瞳をしている。
長野の苦しみを、知っている。


そして、俺を、…この世界を、試している。
この世界が、生きるに値するところなのか。


この瞳は、准一であり、長野であるのだから。


だから、この瞳は、この世界が、長野にしたことを、知っている。
そして、見つめている。



人は、許される意味があるのかどうか。
人は、悲劇を繰り返さないために、過ちを認め、そこから何かを学ぶことのできる生き物であるのかどうかということを。



もしかすると俺は、長野から、大変な宿題を課されたのかもしれない。
けれど、俺は逃げるつもりは無い。





この世界は、多くのテロリストの卵を、孕んでいる。
虐げられた人々が、いつか自分が、テロリストとして起つ日を、待っている。




そして、准一は、テロリストの卵だ。
長野の魂を抱いて、この世界が孕んでいる、テロリストの卵だ。



俺は、准一を、テロリストにしてはいけない。



いや、たとえどんなことがあろうとも、准一だけは、テロリストにしない。
絶対に。



それが、それこそが。
俺の生きていく意味であり、証しなんだと、想いたい。





長野の還っていった、GROUND ZEROに立ち。
未来へと伸ばされた、その准一の腕(かいな)に、テロリストを生むことのない世界を、抱かせられる日を。
いつか手に入れる、その未来を、信じて。




End






あとがき。


ちょうど5年前の今日、みなさんは、どこでなにを、していましたでしょうか?
私は、あの日、あの瞬間、自宅でテレビを見ていました。
ニュースステーションに、あの映像が飛び込んできたとき、これはなにかの冗談かとさえ、思えました。
こんなこと、あるわけがないと。


でも実際、アメリカ同時多発テロは起きましたし、目を覆いたくなるような惨状で、多くの尊い命が、失われました。


人って、もの凄く簡単に、死ぬんです。
それは、阪神大震災を経験した人間として、すごく実感したことでした。


でも、人って、もの凄く簡単に死ぬ割に、簡単に生きることができないんです。
死ぬのは簡単なのに、生きるのは、もの凄く難しい。
いえ、簡単に死ぬからこそ、生きるのが難しいといえるのかも、知れませんね。


私がこの作品を書くことで、何かを変えることが出来るとは、全くもって、思っていません。
なんて志の低い筆者だと思われそうなのですが、それが現実だと思っていますし、私の持つ力なんて、そんなもんです。


けど、この作品を読んでくださった皆さんに、テロについて、人を殺すってことについて、人の命の重さについて、人の生と死について。
人が人として生きることが、如何に難しいことであるのかを、ほんの少しの時間でも、考えていただけることが、思っていただくことが出来れば、と考えて、この作品を書きました。

そのために、皆さんと私が共通する思いを抱かせることが出来る、V6メンバーの皆さんに、その媒介者になっていただいて、この作品が出来たといえると思います。

そういう意味で、勝手に登場人物にしてしまっている以上、おおっぴらに言うことは出来ませんが、V6メンバー(と、ヒガシさん)に、多大な感謝の念を抱いております。
この場をお借りして、申し上げることを許されるのであれば、本当に、ありがとうございました。


書き始めたのが、テロから1年後の2002年9月11日ですので、足掛け4年もかかってしまい、その点については反省しきりなのですが、見捨てずにお待ちいただけた皆様、そして、この作品を読んでくださった全ての皆様に、心より、感謝いたしております。


多分、私が書きたかったことや、言いたかったことや、伝えたかったことは、全て、作中で、それぞれの登場人物に語っていただいているので、これ以上お話しすることがないような気がしているのですが、「同じ空~」のときも書きましたが、私は決して、これが正解! といっているわけではありません。
ただ、私はこう考える、こう思うっていうことをお伝えすることで、読んでくださった皆さんが、私もそう思う! って思ってくださったり、逆に、いやいや、私はこう思う! って気持ちを抱いてくださる、その時間を持っていただけることに、意味があると、思っています。

そして、もし、その気持ちをお聞かせいただけるのであれば、ぜひ、その声を、伝えていただければ、今後の励みになりますので、自分がやっていることは、決して無駄じゃないと思えますので、ご感想、ご意見等、なんなりとお聞かせいただければと、願っております。


最後に。
多分、私の書く作品は、根本に、人の心の存在を信じるっていう、揺ぎ無い想いがあるんだと思います。
だからこその、結論だと。


けど、本当のことを言うと、私は、とても人間が、嫌いだったりします。
人とわいわい騒いでいるのも好きですし、そのときは、全然苦ではないのですが、あるときふと、それがむなしくなるって言うか、心が疲弊するというか、人と係わり合いになることによって、なんだか自分が擦り切れてきてるような、そういう気持ちになるときがあって、一人時間を求めることがあります。
まあ、しばらく一人時間をゆっくり過ごせば、それは解消されて、いつもの自分に戻るのですが、恐らく、基本的に、人間が嫌いなんだろうなって、自分でも、思います。

今まで、大概な人生を送ってきたはずなのですが、なぜだか、今はちゃんと結婚もして、仕事もして、人並みの社会生活を営んでおりますが、一歩間違えたら、私は余裕で、ひきこもりになれる素質があると、自負しております(←おかしな自負ですが)
ただ、そんなことをする金銭的余裕も、それを許す環境もそろっていないので、そうはなっていないのですが。


ただ、人間が嫌いな私は、でも心のどこかで、もの凄く、人間が好きだったりもするのです。
好きだからこそ、こんな作品を、書き続けているんだろうな、とも、思っています。


結局私の中には、人間がすごく嫌いな自分と、すごく好きな自分が同居していて、その、どちらともはっきりと決められない複雑さが、人間の持つ心なんだろうなと、思っています。
ならば、自分はこういう人間だと認めたうえで、自分にできることをやっていこうと思った結果が、この作品を書くことでした。


本文のラストでも書きましたが、たとえ自分がアンカーではなくても、私達は、この世界の未来へと続くバトンを渡された人間として、精一杯次へとつないでいく使命があると思います。

アンカーではなくても、この渡されたバトンを、少しでも明るい未来へと、一緒に運んでいってくださることを、切に祈っております。





アメリカ同時多発テロにより、
犠牲となった全ての人々の尊い魂に、
5年分の祈りを込めて、捧げます。


2006.9.11

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