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あけましておめでとうございます、…V6小説?(笑)『fiendish eye』 [ぶいろく系]

あけましておめでとうございます。

っていうか、これを書いてる時点では、まだ年は明けてないのですが、予約でエントリできるんで、ソネットさん側に問題が起きなければ、年明け早々にこれがエントリされてるはずなんで、あけましておめでとうございます、・・・でございます。

さて、昨年も相変わらず、成瀬にとっての”しばらく”は、”1年”もかい!って突っ込まれそうなほどの遅筆を披露しまして、申し訳ありませんでした。
しかも、途中、ルーキーズやブラッディマンデイの二次創作小説にまで手を出して、そんな暇があるなら、他に更新すべきもんはあんだろ?って突っ込まれそうなのは、重々承知しておりますので、お許しください。

今年も、こんな感じで行くと思いますが(ヲイ、反省はないのか?)成瀬はそういう人間と思って(ええ、最初からこのページにお越しいただいてる皆様なら、すでに10年越しのお付き合いですから、ご存知だと思いますが、あははは。。。)あきらめの境地、・・・いや、失礼しました。
広い心をお持ちの皆様だけ、どうぞ暇なときだけでも、ちょこっとのぞいてやってくださったら、もしかしたら、更新されているかもしれません(待てコラ)

そんなこんなな新年のご挨拶だけでは申し訳ないので、下記に、V6小説のあけおめバージョンを載せておりますが、例によって例のごとく、注意書きが2点ございます。

まず一つ目。
V6パロディ小説は、このブログの本家であります「出せない手紙」サイトの冒頭にも記載されておりますとおり、実在の人物、団体等と一切関係はございません。
あくまで、一ファンであります成瀬の空想の産物でございますので、その点をまずご了承いただきたいことと、今回の作品は上記の「出せない手紙」サイトに載せてあります「天使たちの探偵」シリーズの番外編として書いておりますので、人物設定に関しましては、そちらをご参照ください(←不親切)

そして二つ目。
下記作品は、ブログがこれほど普及する何年か前、成瀬がサイト内のPASSをお持ちの方だけがごらんいただけるページ内の日記で、新年のごあいさつ代わりに掲載させていただきました作品になります。
したがって、ありがたいことに、長年こちらにお越しいただいてる方には、すでにごらん頂いてる方も、多数おられると思われますので、その皆様には大変申し訳なく思っておりますが、時間のなかった成瀬をお許しください。

では、上記をご了承いただける方のみ、下記からどうぞ。。。

スタート

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『 天使たちの探偵  』Side story

// fiendish eye //

 

「あああ…、俺も世間様並の、お正月がしてぇ!! 」


時は、2009年1月1日の、午後7時。


ちゃっかり、…というか、しっかりというか。


神奈川県警ご用達、…とまでは言わないまでも。
ここの職員の半数以上が、間違いなく一度はお世話になったことのある、お弁当屋の親父さんが、今朝方、売り物でもない大荷物を抱えて、
『元旦から仕事なさっている皆さんへのお年賀代わりに』
と、冗談を交えながら持ってきた御節料理の数々を、無駄な言葉ばかりが回転し続ける口に、その回転速度と勝るとも劣らないスピードでさっさと箸を動かして、それらを片っ端から頬張り続ける井ノ原の後頭部を、
「煩い」
との言葉も添えて、パカンと一つ叩いた。

まあ、ちょうど今日の昼時に、朝それが届いてから、
「早く食べよう! 」
と、うきうきしていた井ノ原の想いが、緊急出動要請が入ったことで、無常にも打ち砕かれてしまったことをしっていたから、この夕食時に、今度こそ…との想いを抱いていたことは、知っている。

しかし、だ。
物事は、時と場所を選ぶべき、…だろう。

こいつの頭の中に、TPOなんて言葉がインプットされているかどうかは、些か疑問ではあるが。



「痛いよ、坂本君…」

と、左手で殴られた箇所をさすりさすりしながら、それでも右手の箸は手放さず、かけたソファから首だけでこちらを向いた井ノ原に、
「てめぇだけちんたら食ってないで、茶でもいれてこい」
と、そこから追い払った。

こちとら、新年早々起きた事件、…といっても、一体何を考えているのか。
初詣の人でごった返す神社のど真ん中で、一組の男女が、散々罵倒しあって、挙句に凶器の包丁まで振り回す…という、どうせ些細なことでキレタ男女の、はた迷惑な痴話げんかだと思われる傷害事件の現場に。
たまたま居合わせた長野と健と准一を、順番に調書を取り終えさせて、刑事部屋に連れ戻ったばかりなのだからと、その三人を、井ノ原の退いたソファに座らせた。

なぜ、ただ初詣に来て、その現場に居合わせただけ…のはずの彼らを、事情聴取しなければならなかったのかというと。
正月特別警戒で、どこも人手不足の所轄から、応援要請を受けた俺と井ノ原が駆けつけたときには、すでに、初詣客の衆人環視の元、とても女性の口からでているとは思えない罵詈雑言を叫び続ける20代後半の女性を、健と准一が押さえつけていて、彼女が振り回していた、…との証言を受けた凶器の包丁を片手に、反対の手で項垂れる男を形だけ、…とばかりに取り押さえる長野が、そこに居たから、…なのだが。

結局、駆けつけた俺たちが何をするでもなく、現行犯逮捕となった女性も、彼女に凶器を持ち出させるほど、平手打ちで先に手を出していた男性も、県警に連れてこられたとたん、急に大人しくなって、
なんでもないとか、
お騒がせしましたとか、ナ
ニがしたかったわけ? とこちらが聞きたくなるくらい、わけわかんないこと言い出す始末。

まあ、被害者が出たと言うわけでもなく、身元照会をしたら元夫婦だという二人に、これ以上せっついても、元夫婦による、犬も食わない夫婦喧嘩が大げさになってしまったもの、…程度の認識である以上、起訴する必要もないと見て、今年銀婚式を迎える刑事課のベテランデカさんに、夫婦たるもの、…まあ、彼らの場合”元”がつくが、…を語ってもらい、こってりお灸を据えてもらってから、そのまま返すしかないか…ってことに収まったのだが。

応援要請が入ったときは、大勢の人でにぎわう初詣の会場で、包丁を持った人間が暴れている、…だっただけに、すわ、正月ムードをぶち壊したい、凶暴な通り魔的犯行か? と、制限速度一杯一杯でパトカーを走らせたのがバカらしくなる位の
そんな事件でも、報告書を上げないことには、どうにも収まりのつかないお役所体質に嫌気をさしながら、長野たちの調書を取らざるを得なかったのだ。




「しかしまあ、正月早々、長野君たちも災難だったねぇ? 」

ソファに座る3人に、お茶を出しながらそういった井ノ原に、
「それはもう、いわんといて」
と、ため息混じりに返した准一と、
「ごめんね、僕が初詣に行きたいなんて言ったばかりに、こんなことになっちゃって」
と、ソファの上で、もともと華奢な身体を、尚一層小さくした健が、答えた。


そもそも、相変わらず仕事に精を出している健の父親が、年末から年始にかけて、仕事で海外を飛びまわっているとの情報を聞きつけた准一が、それならばと、冬休みに入るなり、健の家でぷち合宿(というのは、俺が名づけたのではなく、
長野が…だ)に入った為、31日まで仕事をしていた長野と、今朝合流して、初詣に行った…まではよかった。

いや、行ったのが、いけなかったのか?

とにかく。
事件が起きたのはお昼前ではあったが、込み合う道路事情も考えると、初詣には朝から出かけていたはず…なのだが、いかんせん、今は既に夜の7時を回っているのである。

愚鈍な警察、…とありていにいわれても仕方がないような、時間のかかりように、俺は、
「わるかったな」
と、事件を未然に防いでくれたはずの、感謝されてしかるべきな善良な市民…と、呼びがたい人間も、約一名含んでいるが…を、元日に、こんな時間まで拘束していたのでは、警察組織を代表して、謝るしかないだろう、…といったところだ。

ちなみに、長野を筆頭に、昼も夜も…間違いなく、くいっぱぐれているはずの面々だが、健と准一は、お腹がすきすぎてか、もしくは疲れすぎてか、すでにグロッキー状態。
目の前に並んでいる御節に、箸を伸ばすそぶりも見せなかった。

代わりに、准一が、
「坂本君のせいやないよ」
とだけ、答えてくれたが。
健にしろ准一にしろ、もう…とりあえず早く帰って、お風呂にでも入って、あったかい布団で眠りたい…といった表情を、顔面に貼り付けていた。

それが長野もわかっているのか、事件現場で出会ってから、今現在に至るまで、必要なこと以外一切口を利かなかったくせに、ソファに埋もれている二人に、
「二人とも。タクシー拾って、早く帰って休んだらいいよ」
と、覗き込むようにして、声をかけた。

いや、長野が、自分の望むと望まざるに関わらず、事件に関わってしまったとき。
それが、長野自身が受けた調査中の案件、…でなければ、絶対に、無駄口は一切叩かないのは、いつものことだった。
仮に、自分の調査対象を追っていて、何かの事件に関わったのであれば、事件の一刻も早い解決を目指して、自分の能力を、惜しげもなく俺たちに貸してくれるのである。

その理由を知っていた俺は、今日長野に逢ってから、その態度に、始終困惑気味な表情を見せていた井ノ原を適当にあしらい続けていた。

考えてみれば、長野が調査対象と全く関係のないところで、今回のように事件に巻き込まれたところに俺たちが居合わせたのは、井ノ原にとってみれば、これが初めてのことだったのか…と、今更ながら、そんなことが一瞬だけ、頭をよぎったが、今は目の前の疲労困憊な少年たちをなんとかする方が先だろうと、その思考は、ひとまず脇に追いやった。

言われた健は大人しく、
「うん、そーする」
と、覇気のない口調で答えたが、ふと顔を上げた准一は、
「長野君はどないすんの? 」
と、尋ね返した。

なかなかに鋭い准一のその言葉に、となりの健はきょとんとした顔をしていたが、言われた長野は、苦笑いを浮かべると、
「ちょっと用事があるから、先帰って休んでて」
と、答えた。

「用事…って。長野君ずっと働きづめやん。僕ら冬休みやゆうて、遊びまわってたけど、長野君はその間もずっと仕事してたやろ? せやのに、その間にクリスマスやゆうて、ディズニーランド連れて行ってくれたり、今朝かて、朝方まで仕事してたんやろ? 
で、寝てて良かったのに、僕ら初詣連れて行くために、車だしてくれたんやん」
「それで事件に巻き込まれてたら、世話ないわな」
「坂本君っ!! 」

本当に申し訳なさそうに。
探偵事務所なんぞにお世話になっているからか、はたまた生来のものなのか、妙に鋭い感性の持ち主の准一は、実は黙っていたけれど、長野の無理、…っていうか、無茶を知っていましたよ、といわんばかりに指摘したので、俺が笑いを取ってやろうかと思っていってやったのに。
その当人から、でっかいお目目に不似合いな怒りのオーラをともして、見上げられてしまった。

が、それをフォローしてくれたのは、珍しく。
そう、本当に珍しく、長野だった。

ただし、そんなフォローのされ方だったら、されない方が良かった…と思える、言いようだったのだが。

「ホント、坂本君の言う通りだよ。今日のことは、俺の責任。
もっと早く、ただ殴り合いみたいになってるだけのあの場で、もっと上手く収める方法もあったのに。
でも、二人を巻き込みたくなくて、彼女が凶器を取り出すまで、つい動くのが遅れてしまった。
そのせいでこんな大事になっちゃって、…ごめんね。
だから、俺のことは気にしないで。
とにかく、今日は早く帰って、ちゃんと休んで、ね? 」
「でも、長野君は? 」
「ん? 明日には帰るから」
「朝帰りかよ」
「……この場合、坂本君は黙ってたほうが…」

俺が茶々を入れると、それを眺めていただけの井ノ原は、横から恐る恐るそう口にしたが、俺はそれに無視を決め込んで、話に参加した。

「そんな睡眠不足間違いナシの人間に、車運転させた日には、三人そろってあの世行きだろうからな。
大人しく、お前らはタクシーで帰った方が、身のためだぜ」

といってやると、俺の意図を察したのか、准一は不承不承といった感じで、健を伴って立ち上がった。

「ほな、僕らは帰るけど…」

そう言った准一が、あまりに心もとない顔をしていたからか、井ノ原が、
「パトカーで送って行こうか? 」
と、提案したが、言われた准一は、
「井ノ原君も、まだ仕事中やろ? ええよ、そんなん。
そこの大通りでタクシー拾うし、この時間やったら、すぐにつかまるやろ」
と答えて、刑事部屋の出口へ向かった。

いまいち状況の呑み込めていない健は、首をかしげながらも、そんな准一に大人しく腕をひかれていったが、扉の向こうに出て行く瞬間、ちらっとこちらを振り返った准一は、不安そうに長野にいった。

「明日、…何時になってもええけど、帰ってきてな。
明日は健君と、長野君のマンションで、待っとおから」

まるで、不実な恋人を待つ、薄倖の女性が呟きそうな台詞に、長野は困ったような笑顔を見せて、
「わかったよ」
と、答えた。

「でも、帰りは車のったらあかんよ。どうせ今日も大して寝られへんのやろ? 
それで運転するなんて、言語道断や。
ほんまに事故ったら、坂本くんのええ笑いもんになるだけやで? 」

准一の、若干失礼な物言いは、今日は元日だし…と、聞き逃してやることにして、
「そうだそうだ」
と、彼の援護射撃をしてやった。

すると、言われた長野は、軽く笑い飛ばしてから、答えた。

「大丈夫、そんな命がけで笑いを取るつもりはないよ。
オレ、関西人じゃないから」
「それって、ものすごい関西人に対する、偏見やで? 」

長野の軽い受け答えに、ようやくほっとした表情を見せた准一は、
「ほな」
と、小さく頭を下げて、刑事部屋を後にした。




彼らの後姿を見送っていた長野は、ようやく視線を俺に向けて、井ノ原に出された茶をすすりながら、言った。

「彼女、…どうなるの? 」
「ああ。状況が状況だしな。…現行犯だから、一日泊まっていってもらうことにはなるだろうけど、48時間後に起訴するだけの事件でもねぇから、明日には帰れるんじゃねぇ? 」
「そう。…なら、よかった」

この後用事がある、…といった長野が、何をしようと、いや、何がしたいと思っていたのか、大方の予想がついていた俺は、よかったといって、あからさまにホッとした表情を見せた長野を見て、その自分が思っていた予想が、当たっていたことに、安堵していた。

長野は、知っている。
彼女たちが、なぜ、あんなところで痴話げんかを始めたのか。
それがエスカレートして、あんなことになってしまったのか。
そして、その結果警察に連れてこられた時点で、いきなり大人しくなって、一刻も早く帰れるようにと、こちらのいうことに、ハイハイと頷いたのか。

そして、実のところ、養育費の不払いで揉めていた、元夫婦である彼女たちの間に、まだ小さな子供が二人居ることを。
長野は、知っている。

ただ、それを長野が語ることはなかった。

俺は、彼女たちの身元照会や、一応聞き込みに行かせた刑事たちから得た情報で、大方の状況をつかんだに過ぎないが、あの場に居合わせた長野は、彼女たちの話の節々で、その様子で、それと同じだけ、…もしくはそれ以上の情報を、長野が知っているであろうことに、俺は気づいていた。

けれど、長野は決して、自分が目にした事実以外、誰にも語ろうとはしなかったが。

その用事とやらを、大手を振って、長野にやらせてやるために、俺は口を開いた。

「なあ」
「…なに? 」
「仕事、頼みてぇんだけど」

俺がそういうと、先ほどまで満員状態だったソファではなく、その横に椅子を引き寄せて座っていた井ノ原が、不思議そうな顔をして、俺を見ていた。

「いいよ」

長野の即答に、今度はそちらへぐるんと首を回した井ノ原は、ぱかぱかと音の出ない口を動かしていたが、俺は長野に依頼内容を手短に話した。

「あの元夫婦の間には、子供が二人いてさ。
彼女が引き取って育ててるんだけど、今日はアパートで留守番してたんだけどさ、
もう、こんな時間だしな。
一応、生活安全課で預かってる。
でもな、今の時期どこも手一杯でさ、ゆっくり見ててやれねぇの。
だから、彼女の了承もとってるし、その子供ら家に連れて帰って、彼女の代わりに、今夜一晩だけ面倒みてやってくんねぇかな? 」

親が警察に捕まって、平気でいる子供なんていやしない。
まして、今日は1月1日だ。
こんな日から、幼い子供二人を…例え、その子たちのためだったといえども、…放っておかなければならない立場に陥ったのは、彼女自身の責任ではあるが、その子供に、罪はない。

俺がそう言うと、長野は思案したような顔をして、
「……ずいぶんと甘やかされてるよね、俺」
と、井ノ原にとっては、明らかに意味不明な一言を吐いてから、
「わかった」
と言って、ソファから立ち上がった。

「手続きは、生活安全課のやつらに、話通してるから。
おまえの名前だけ言や、すぐに手配してくれる」

俺の言い添えた言葉に、
「うん」
とだけ返した長野は、
”なんのことだかわかりません!”
って気持ちを、顔に大書きしている井ノ原に、曖昧に微笑んでから、
「じゃあ」
といって、部屋を出て行った。 



長野が出て行ったそこを、穴が開くほど見つめた井ノ原は、椅子をガラガラ鳴らして俺に近づき、なぜか小声で、
「どういうこと? 」
と、聞いてきた。

俺は、苦笑交じりに、もともと彼が座っていた場所へ座りなおすよう言ってから、
「続き、食えよ」
と、せっかくの好意で届けられたそれを無にするのは信条に反するので、この状況で先ほどと同じようなくいっぷりを井ノ原が披露できるとも思えなかったが、目の前に広げられた御節を指差して、自分は胸ポケットに入れていたタバコを取り出した。

「あいつ、探偵だろ? 」
「いや、それは俺にもわかってるって、坂本君」
「で、その探偵としての長野を動かすには、”依頼”っていう、大義名分がいるんだ」
「大義名分? 」
「そう。”依頼”っていう名の大義名分がなきゃ、あいつは動けないんだよ」
「は? …ってか、長野君は依頼なんかなくっても、なんでもしてくれるっしょ? 
そもそも子供のお守りが、探偵に依頼してまでする仕事とは思えないけど? 」

井ノ原の疑問も最もだ。

なぜなら、長野は誰にでも優しい。
本当に、なんでそこまで…と、みているこちらが、心底嫌になるくらい。
たとえ、そこに見返りがなくても、自分の力を、惜しまずに注いでやれる、そういう優しさを持っている。

それは、違うことなき事実だ。

でも、俺が話すことも、また、事実だった。

「あいつは、なんでお守りが必要なのかも、彼女がなんであんなことしたのかも。何が気がかりで、ここに連れてこられたとたん、急に大人しくなったのかも、全部知ってる。
…それは、探偵としての長野が、あの短時間で気づいたことで、…そこに、裏づけはなにもない。
俺が、捜査課の連中に、聞き込みに行かせて手に入れた情報と長野が気づいたことが、結果として同じだったとしても、長野が知りえたことは、事実じゃない、推論だ。
だから、あいつはそれを、俺らに一切口にしなかった。
しない為に、必要最低限のことしか、語ろうとしなかった」
「でも、いつもは、”俺の推論だけど”って、俺らに協力してくれるじゃん。
なんで、今日に限って」
「そう、なんで今日に限って、だんまりを決め込んでたのか。
理由は一つだ。
…そこに、依頼がなかったから」
「へ? 」

とぼとぼと動かされていた箸は、ものの見事に動きを止め、そこに挟まれていた数の子が、ぽとんとテーブルの上に落ちたのも気づかず、井ノ原は俺を見ていた。

「誰かからの依頼がない限り、長野は動かない。
…いや、動けない」
「や、でも…」
「今日だって。
…さっき、長野もいってただろ? 
あいつは、彼女が凶器を取り出す前に、こうなるだろうことは、予想できていた。
けど、動かなかった。
…あの二人を巻き込みたくなかったってのも、事実だろう。
でも、それ以上に、動かなかったんじゃなくて、ホントは動けなかったんだ」
「なんで、そんな」

俺は、テーブルの上に落とされたままになっている数の子を、手近にあったティッシュで拾い、横のゴミ箱へ投げ入れた。
親父さんには申し訳なかったが、最後にいつ拭いたのかわからないような、哀しくなるくらい粗雑に扱われている捜査課のテーブルにじかに落ちた食べ物を食べる勇気は、俺にはなかった。

そして、そんな俺を黙って見ていただけの井ノ原に、俺は話しの続きをした。

「長野は、怖いんだよ」

俺がそう言うと、井ノ原は彼の細い目を、コレでもかと言わんばかりに、驚きのあまり押し広げた。

「依頼がないと、怖えぇんだ」
「……何が? 」
「自分の力が」
「え? 」
「あいつはある意味、俺たちにはない力を持ってる。
あいつの目は、俺たちのそれと、明らかに違う。
…俺たち凡人には、到底見通すことの出来ない、そういう見えないものを見る力がある。
もちろん、超能力っていう意味じゃなくてな」

俺が苦笑いを浮かべてそう言うと、井ノ原も
「うん」
と、力なく返事をした。

「で、もしそれをフルに使ったら、どうなると思う? 」

俺の問いかけに、一瞬だけ宙に目をやって、考えるしぐさをした井ノ原は、何かがすとんと落ちてきたような顔をして、俺に答えた。

「えーっと、頭使いすぎて、ショートする? 」

俺は、井ノ原の表現に、声に出して「ははは」と笑った。
笑われた井ノ原は、当然のことながら、あまりいい顔はしなかったが、ふてくされた様子で、止まっていた箸を動かし、黒豆を起用につまんで、口に放り込んだ。

「あんだけ驚異的なスピードで頭使ってたら、それもアリだろうけどな。
でも、許容量超えてショートしてくれるんなら、まだいい。
そうなったら、自分の中でこれ以上はだめだって、ブレーキがかかって、自分の中のブレーカーを落とすだろ? 
したら、暴走は止まる。
それ以上のショートは起こらない。
けどな、あいつの中に、ブレーキはない。
一度走り出したら、真実を突き止めるまで、走り続ける。
例え、何が起きようとも」
「それは…」

いい指した井ノ原は、ふと黙った。
長野をして、そんなことはないと、そういいきれない自分に気づいたから。

「あいつの中のブレーキは、他人はおろか、あいつ自身だって、そう簡単に踏むことは出来ない。
そうやって、それを踏める人間が居ない以上、走り出す為には、”依頼”っていう、免罪符がいるんだ。
それがなくて、なんでもかんでも真実をあばいていったら、それは、ただの自己満足だ。
イヤ、暴かれる側から言ったら、なんでも見通されている、悪魔みたいなもんだな」
「それは違うでしょ? 」
「いや、本人はそう思ってるよ。
…だから、依頼があれば、その真実を突き止めたときに、ようやく止まることができることもわかってる。
”依頼”があるから、それを終えたときに、あいつのブレーキを踏ませることができるんだ」

そこで言葉を切った俺に、井ノ原は眉根を寄せて、箸を持った右手をそっと口元に当てていた。

「だから長野は、依頼がなきゃ動かない。
そうしなきゃ、自分の目に映るもの全て、暴いちまうからな。
その裏に潜む、隠しておきたいような、真実でさえも」
「でもそれは…」

そう、それは正しいことだ…と、井ノ原は言いたいのだろう。
確かに、それが真実であるならば、長野のしようとしていることは、正しいことのはずだ。

ただ、正しければなにをしてもいいのか、…といわれれば、その答えは、きっとNOだ。

過ぎた正しさは、時に、人を傷つける。

それを長野は知っているから、自分に”依頼”という枷をつけたのだろう。

それがなけれな、動かない、…と。


けれど、そのことをいまいち納得できていない井ノ原は、不満そうな顔で、俺を見ていたので、俺は話を続けた。

「たとえばコレ」

俺はそういって、自分が取り出したタバコに火をつけるため、左手に持ったライターを、井ノ原の眼前にかざした。

「俺が今使っているライター。
俺はこれを、その辺の100円ショップで買ってきたわけじゃない。
いつも行っている、角のタバコ屋のおばちゃんに、”ないしょだよ”といわれて、カートン買いする客用に用意してるそれを、ただで貰ったんだ。
不精ですぐどっかやっちまう俺は、いつもたったヒト箱づつしか買わないのにな。
……もちろん、そこに他意はない。
懐具合がよろしくない刑事の職を知っての、ただの親切心だ。
大体、あそこの爺さんも、元警官だ。
賄賂を生活安全課の連中に、どうやって渡そうか、日夜手を変え品を変えやってる風俗店の店長じゃねぇんだから、俺にコレ渡して、なんかの利益にしようなんて、おばちゃんは爪の先ほども思っちゃいねぇよ」
「そりゃまあ、そうでしょ? 」
「けどな。
もしも、あのタバコ屋のおばちゃんと、見ず知らずの人間が、同時に助けてくれって叫んだとしたら、俺はきっと無意識にでも、タバコ屋のおばちゃんの方を先に、助けに走っちまう。
…そのときに、このライターのことなんて、頭の隅にもないだろうけどな。
でも、人間ってのは、そういうもんだろ? 」
「まあねぇ」

井ノ原はのんびりとそう答え、俺が吐き出した紫煙の先を眺めてから、箸につまんだ伊達巻を、半分に切っていた。

「で、お前が今食ってる御節だってそうだ」

俺がそう言うと、つっと顔を上げた井ノ原は、不思議そうに俺を見た。

「それの出所を、知らねぇわけじゃ、ねぇんだろ? 」
「あ…」

朝、弁当屋の親父さんがこれをみなさんで、って持ってきたときに、先頭切ってありがたがっていたのは、当の井ノ原だ。
だから、俺の指摘に、井ノ原は罰の悪そうな顔をして見せた。

「当然のことながら、あの弁当屋の親父さんも、ウチに付け届け…と思って、これを持ってきたわけじゃない。
こんな日に狩り出されてるのは、どうせ家族の居ない独りもんで、家に帰ったところで正月らしいものにありつけるわけがない。
だからこそ、休みは家族もちに譲って、仕事に出てきてるってなもんだ。
そんな、元日なのに、正月らしいことなんもできてない俺らに、少しでも正月らしいことをと思って、善意で持ってきてくれたんだってことは、百も承知だ」

俺の言葉に、井ノ原は大きく頷いて見せた。

「けどな、俺らだって、そうやって親父さんになにかと世話になってるって気持ちがあるから、ウチは…っていうか、ウチの交通課は、あの親父さんが昼時に、ここの前の道路にワゴンで弁当売りに来ても、取り締まらねぇだろ? 
……そういうことなんだ」
「…………」
「だからって、そういうの全部だめ…っつったら、生きらんねぇだろ? 」
「そだね」
「でもな、長野だったら、そうしない」
「え? 」
「もし、…そうだな、お前が他の誰かと同時に、長野に助けてくれって叫んだとしたら、あいつは必ず、お前じゃなくて、みもしらねぇ人間の方を、先に助けに行く。
何でだと思う? 」

俺がまたそうやって井ノ原に質問を投げかけると、今度は箸先を咥えたまま、うーんと考える顔つきをして、答えた。

「そりゃ、俺は警察官だし…」
「そうじゃねぇよ。
…長野の本心は、お前を助けたいんだ。
でも、あいつはそうしない。
お前を助けることで、助けられなかった方の人間が出たとする。
したら、あいつはその責任を取ることができないからだ。
名前も知らないような赤の他人に、責任の取り様もない。
けど、お前だったら、まだ償う方法があるかもしれない、…そう思うから、あいつはお前を後回しにする。
本当は誰よりも助けたいって思っているのに、身内は後回しだとばかりに、己の心を切り捨ててな。
……そんな責任、背負い込む義務なんてねぇのに、あいつはそうするんだ」

井ノ原は手にしていた箸を置いて、顔を上げた。

「確かにやりそうだね、…長野君なら」
「だろ? 
それにな、もしも俺がなんらかの罪を犯したとしたら、長野は平気な顔をして、それを暴くんだ」
「へ? 」
「たかだか、御節一つで、道交法の違反を見逃してやってる神奈川県警と違ってな。
長野は、10年来の親友ですら、躊躇なく真実を暴くんだ。
もし仮に俺がなんらかの罪を犯したとしよう。
したらお前らはきっと、そこになんか理由があるんだとか、それがなんもなかったとしても、どうにかしてそれを取り繕うとする。
隠すか、もしくは少しでも不利な状況だけでも取り除こうと、躍起になる。
…だろ? 」

俺が上目遣いにそう聞くと、自信なさげな顔をした井ノ原は、顔を俯けてぽそぽそと話した。

「……どうかな? 
でも、目を瞑る、…かもしれない」
「多分、皆そうするんだ、普通はな。
……けどな、長野は俺の犯した罪を暴く、俺が辞めてくれって止めたとしても、絶対にやめない。
その先に何が待っていようとも、その全部を背負う覚悟で、真実をひきづりだしてくる。
…まるで、それがなんでもないことのように、嫌になるくらい冷静にな。
で、後から、ひとかけらの後悔をすることもない」
「いくらなんでも、それはないっしょ? 」
「いや、ある。
…後悔ってのは、そこに改善の余地があったから、あとになって悔やむんだ。
ああしてればとか、こうしてればとかってな。
他の選択肢があったのに、それを選ばなかったことを、後悔する。
イヤ、他に選択肢があったからこそ、後悔できるんだ。
けど、長野の場合、それはない。
どうやったって、真実はたった一つで、それは、必ずそこにあるものだから。
それを曲げることを、あいつは絶対に、自分に許さない」
「でもそれって…」

”ツライじゃん…。”
井ノ原の言いたかった、その言葉の先を、俺は目を閉じて、言わせなかった。
代わりに、俺が口を開いた。

「許さないからこそ、長野が、長野たる所以なんだ」
「…そっか」
「だから、長野を動かすには、”依頼”って免罪符を与えてやらなきゃいけないんだ。
それがあれば、あいつは自分の力を振るうことの罪悪感から、少しでも解き放たれる。
逆に言うと、それがなきゃ、あいつはいつか、その力に呑み込まれる」
「うん」
「まあ、言った所で、長野の中でそれは、全部無意識なんだろうけどな。
…案外、こんなに気をもんでんのは、俺の勝手かも知れねぇし、長野は俺が思ってる以上に、もっと靭いのかもしれない。
ただ、俺は自分の不安を打ち消したいだけなのかも知れねぇって思ってたんだけど…」
「けど? 」
「けど、今日の准一みてたら、俺の杞憂でもなさそうだな…って、思った」

今、長野の一番近くに居るのは、准一で、その准一は、長野自身が、自分と似ているといったのだ。

だから、その准一の反応を思い出したように、遠い目をしていた井ノ原は、
「あー」
と、なんだかわけのわからない声を発して、納得していた。



今日は一体どうしたことか。

ひょんな切欠から、正月早々こんな、あまり楽しいとは言いがたい話をする羽目に陥ったことに、小さくため息をついてから、明日の朝までに報告書をまとめなければと、そこから立ち上がりかけた。

と、そのとき、夕飯時で、出払っていたはずの刑事部屋が遠慮がちに開いて、
「坂本君、ちょっといい? 」
と、既にここを出て行ったはずの長野が、そこから顔を覗かせていた。

俺は慌てて、ドアの傍に駆け寄り、お茶に手を伸ばしていた井ノ原は、ぶーっと口に含んだそれを噴出さんばかりの勢いで、立ち上がった。

そんな俺たちの様子に、若干物憂さげな表情をしてみせた長野は、それでもそのことを深く追求することなく、両手に…というか、頭自体が長野の腰までない背丈のせいで、長野の両足に纏わりついている二人の子供の肩に手を置きながら、俺に尋ねた。

「ねえ、お正月って…普通、どういうことするの? 」

長野の質問に、
「はぁ? 」
と、答えたのは、俺だけではなく、その隣にかけてきた井ノ原の声も、当然のごとく、重なった。

「この子達に、今日だけ俺がお母さんの代理で、お正月を一緒に過ごそうねっていったら、お正月ってなにするの? って聞かれてね、俺もわかんないから、聞きに来た」
「…お前、バカ? 
って、痛ってー!!」

もちろん、俺が言いたかったのは、”バカ”であって、後の”痛ってー”は、俺の本意ではなかった。

けど、俺にバカといわれた長野に反撃されたのではなく、なんと、その足に纏わりついていた、ガキに。
ああ、もう、こうなったら、そう呼ばせてもらおう。
その、ガキに、俺は思いっきり向こう脛を蹴り飛ばされて、先ほどの叫び声…と、相成ったのだ。

ここが県警本部でなきゃ、ぶっ殺すぞ、このガキ。
と、内心悪態をついて、蹴られた足を、なでさすった。

「大丈夫? 」
と、あまり気にしてない風に聞いてくる長野を無視して、俺を蹴ったガキを見下ろすと、全くもって嬉しくはないが、怖い怖いと評判の顔で、存分ににらみを利かせてやったのに、そのガキは、それに臆することなく、俺を見上げるようにして、睨み返してきた。

けど、くっついてる長野の足は、ぎゅっと握り締めていて。
それで、ああ、こいつは長野がいるから、こんなに虚勢を張っていられるんだな…と、漠然と思ったので、やり返すのだけは、辞めておいてやった。

一体何を言って、手なずけたのやら。
そういったら、なにもしてないよ、人聞き悪いこと、言わないで! って怒られそうだが、俺のことを親の敵(まあ、この場合、そういえなくもないが)とばかりの目で、
睨み付ける子供が頼っているのは、そのつかまっている長野の足だけ…といった状況に、嘆息して、話を元に戻した。

「で、正月がなんだって? 」
「だから、お正月って、どういうことすればいいんだった? 」
「んなこと、それぞれの家で多少差があるんだから、こいつらの家どおりに、やりゃあ、いいだろう? 」
「うん。だから、聞いたんだけど、お正月こそ稼ぎ時だって、毎年お母さんは仕事に出てるし、夜帰ってきたらそんなだから、疲れて寝るだけで、何をするのか、知らないっていうんだよね」

淡々と語る長野に、俺はその脚に芋虫のようにくっついている二人の子供に目をやってから、
「あっそう」
と、返事を返した。

今ここの留置所に拘留されている彼らの母親は、今日、くだんの神社でテキヤの手伝いをしていた。
で、自分は子供を初詣にも連れて行けず、せっせと額に汗して…かどうかは不明だが、…働いていたのに、目の前をのんびりと歩いていく参拝客の中に、養育費の支払いを延ばし伸ばしにしている元夫をみかけりゃ、そりゃ、文句の一つも言いたくなることだろう。

ちなみに、凶器の包丁は、彼女がその直前まで、焼きソバ用のキャベツを刻んでいたものだった。

どこの家にでも、家庭の事情とやらがある。

それに口を出すほど、俺は暇人じゃないので、俺は井ノ原を長野の前に押しやって、
「教えてやれ」
とだけいって、元のソファに戻った。

言われた井ノ原は、
「え、俺?? 」
とか呟きながらも、長野に話しかけた。

「じゃあさ、この子たちの家ルールじゃなくて、いいじゃん。
長野君流で」
「だから、それがわからないから、聞きにきたんだってば」
「は? ってか、わからないって、ナニ? どういう意味? 」
「あー。ごめん、わからないって言うか、忘れた」
「え? 」
「お正月に何するのかなんて、忘れちゃった」
「忘れたって、…長野君? 」
「だって、最後に御節なんてものを食べたのは、気が遠くなるくらい昔のことだし。家族そろっての正月ってのも、おんなじでしょ? 
そもそもウチは、父親がカメラマンなんて、親族一同からすると、胡散臭いことこの上ない仕事についてたから、両親が生きていた頃ですら、親戚一同正月に集まって…なんてことも、なかったし。
だから、忘れた…っていうか、元々あんまり知らないのかもね」

まるで、なんでもないことのように、さらっとそんなことを言ってのける長野を、井ノ原は目を白黒させながら、見つめていた。

見つめた先の長野は、俺からは見えないが、恐らく、何も浮かべていない、…凶悪なほど透明な瞳で、上目使いに、井ノ原を見返していることだろう。

ついでに、いつものごとく、小首を傾げてるのかもしれない。

それが、どんな力を持っているのか、無自覚なままに。

そして、そんな目をされている井ノ原は、当然のごとく、それに逆らうことは出来ないので、「あー」とか「うー」とか唸ったのち、どこかから紙袋とタッパを持ってきて、刑事課に飾られている鏡餅と、お神酒のセット、それに誰が生けてくれたのか、課長の机に置かれたなんてんの実を手早く紙袋にいれると、今度は、先ほど自分が突付いていた御節料理から、まだ箸のつけられていないところを上手にタッパに取り分けて、それも袋の中にしまった。

その動きが、妙に手早くて、それだけ出来るなら、普段からやれよ…と、思ったのは、今日だけ俺の胸にしまっておいてやることにした。

あの瞳で見つめられたら、なんでも用意したくなるんだろうなぁ。

なんて、のんきに思ったりして。
っていうか、そんだけ刑事課の備品(?)を強奪できる厚顔を、褒めてやるべきか?
これらがなくなった言い訳を、明日の朝までに井ノ原が無事考え付くかどうか…かなり難しいところだがな。

「これ、持って帰って。まず、鏡餅は、三宝に乗っけたこのままの形で、どっか、…そだね多分床の間なんて、アパートにはないと思うから、テレビの上にでも飾ればいいから。
あ、橙は、落ちちゃうけど、飾るときちゃんと上に乗っけてね。
ウラジロはここに。
で、鏡開き…っつって、この餅食べるのは、11日だよ? 
ちゃんとお母さん帰ってきたら、11日にやってね」

袋の中にしまわれたそれらに、手を突っ込んで説明している井ノ原を、俺はタバコをくゆらしながら、眺めていた。
こういうことは、俺より井ノ原の方が、向いている。

「それからお神酒は、未成年がお酒飲んじゃだめなんだけど、コレだけはOK。
でも、一口だけね。
飲んだら、今年一年、神様が守ってくれるから」
「飲まなかったから、だめだったのかな? 」

井ノ原がそう説明している横で、さっきまで黙りこくっていた、俺を蹴ったやつと反対のところに立っていた少年がそういった。
そのこの頭を、長野がそっと撫でてやると、くすぐったそうに、首を引っ込めて、嬉しそうに笑った。

「あ、けど、長野君はやめてた方が、いいかも? 
コレ、結構度数高いから」
「わかった」
「で、飲んだら、これもテーブルの上とかでいいから、飾っておいて。
正月三が日にだれかお客さんが来たら、出してあげてね」

井ノ原がそう言うと、子供たちは素直にこくこくと頷いた。

「で、コレ。
この赤い実はね、南天っていって、不浄を清めるっていう意味があるんだ」
「不浄? 」

子供たちが、首をひねって、問い返した。

「あ、わかんないよね。
えーっと、悪いことから守ってくれるって感じかな? 
だから、おうちの鬼門に飾っておいて。
って、鬼門がわからないか。
まあ、いいや。
とりあえず、目のつくところに、飾っておいてくれたら」

井ノ原の言に、聞いていた三人は、素直にうんうんと頷いていた。
つまり、長野は、お神酒は知っていても、南天のことは知らなかったってことだろう。

「そんで最後コレ。
おせち料理ね。
食材一つ一つにいわれがちゃんとあるんだけど、ごめんね、手をつけないで残ってるのしか入れられなかったから、雰囲気だけ楽しんで」
「…十分だよ。
ありがと」

長野の言葉に、井ノ原はニッと彼の人好きする笑顔を覗かせた。

そして、その紙袋を大事そうに持った長野は、今度こそ、
「じゃあ、かえるね」
と、部屋を出ようとしたが、その腕を井ノ原が捕まえた。

「ちょっとまった! 一番大事なの、忘れてる」
「なに? 」

井ノ原は、俺を跨ぎ超えて、ソファの向こうにあるラックに無造作に投げられていた、かなりくたびれた感のある箱を取って、長野の前に引き返した。

「百人一首。
…やっぱ正月位は、コレしないと。
俺たち日本人ですから」

そういって、井ノ原が笑うと、つられたように、あとの三人も笑い出した。

「といっても、俺らは坊主めくりしかしないんだけどね」
と付け足した井ノ原に、
「井ノ原って、すごいね。
…ホント、ありがとう」
といった長野は、今度こそ、俺と井ノ原にひらひらと手を振って、部屋を出て行った。



ようやく落ち着きを取り戻した室内で、閉められた扉を見ながら、ぼうっとつったっていた井ノ原が、首だけでクルンと振り返って、俺を見た。

「あれも、無意識? 」

俺は、その困惑した面持ちのまま、俺に尋ねてくる井ノ原のその顔を見ただけで、彼が言いたいことを瞬時に悟ってしまい、微妙な空笑いを返すことしか、できなかった。

それを見て取った井ノ原は、大きく息を吐き、肩を落とすと、今年最初のボヤキを、口にした。


「ってか、一番すごいのは、長野君だって。
誰かあの人に言ってくんねぇかな? 」




そう。
長野の目には、俺たち凡人にはない、不思議な力がある。
それは、本人が自覚していることと、自覚していないことと。


自覚している力は、長野を助けもするが、壊しもする。
それがわかっているから、本人が意識的に、それを暴走させないように、セーブしている。


けれど、自覚していない力の方が、時折、長野以外の人間に対して、何よりもやっかいであることを、長野本人は知らない。


無自覚なままに披露されるその眼力で、一体何人の人間がものの見事にコワサレているのか。
あまり、知りたくはない気がした。


実際、今も目の前に、その被害をこうむった人間が、約一名。
何でも言われるがままに動いてしまった、自分の中の矛盾と、葛藤し続けている。


なので、俺は出来るだけ、その被害を受けないよう、今年一年も気を引き締めていこうと。
それを、新年の目標に掲げて、俺は、長野のせいで歯抜けにされた御節を、つつき始めた。

そして内心、どうせ来年の抱負も、それなんじゃねぇか?
と、嫌な予感に蓋をするように、魔よけの意味も込められた、赤々とした海老を、自分の口に放り込んだ。



こんなもんで、魔よけになりゃ、毎日でも食ってやるけどな。
なんて罰当たりなことを、心の中で呟いたことは、あんたの胸に収めといてくれ。

なんせ今日は、1月1日なんだからな。

 

 

++++++ END +++++

 

といわけで、1月1日小説でした。
えと、fiendish eyeというのは、悪魔のような瞳っていうか、そういうあまりよくない意味っていうか、表現なんですけど、直訳した場合がそういう意味であって、ニュアンスで捕らえると、成瀬が書いた小説の中で語られてるような瞳のことだったりします(笑)

年明け早々ですから、くすりと笑っていただけましたら、幸いです。

そして、お約束どおり、3が日中には、かんばってSP小説「Keeping the faith」とを更新したいです~。

ってか、やりますよ~。コレくらいは護らないとね!
では、今年一年も、よろしくお願いいたします☆

<追伸>
書きそびれていましたが、コメントトラックバックともに認証後掲載方式をとっておりますので、じかに反映されませんのでご了承ください。
(書いてなかったから質問受けました、コメントかけないって。
すみません、認証後に掲載されるんで、直後に反映されなかったのです。
と、ご質問いただいた方にはお返事とともにお知らせしたのですが、ここに書き忘れてました、ゆるされて。。。)


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