V6、非恋愛系創作小説。9.11バージョン(1/2) [ぶいろく系]
もうすぐ、また今年も、9月11日が、訪れようとしております。
ここでのんびりブログを書かせていただいておりますワタクシは、成瀬美穂名義で、本家のWEBのほうで、V6の非恋愛系小説を書かせていただいております。
その、パラレル小説の中の1作品「GROUND ZERO」という小説があるのですが(当該WEBにありますTOPページの「立ち読み企画」からお越しいただけます)その作品を書くきっかけは、まさに9.11にありました。
作品自体は完結しておりますが、完全版はPASS取得頂かなければ読めないページにありますので、今回は毎年書かせていただくつもりだった、お礼の小説が間に合わないお詫びもかねて、PASS請求にすごい時間を費やしたってお話もよくききますので(まあ、私自身も人様のページでPASS請求ってしませんからね。判る気もします)ここで、番外編1本と、9.11には、ラストの章のみ、掲載したいと思っております。
PASS請求は出来なかったけど、結局あの話の最後はどうなってるんだ??と、気になってくださってる方がおられたら、ちゃんとハッピーエンド、・・・とは、言いがたいかもしれませんが、きちんとした終わり方には持っていったつもりですので、ご覧ください。
では、今日は、番外編から。。。
(ちなみに、創作小説をお読みいただくに当たっての注意書きは、本家WEBのTOPに掲載させていただいておりますので、ご了承いただいた方のみ、お読みいただけましたら、幸いに存じます)
---------------------ここからした。
// それでも君は 世界を守るよ //
世の中は、決して良い方へ向かっているとは言いがたい時代を、今私たちは生きているのかもしれません。
しかし、この作品を通して、私は、沢山の方の優しい心を、見せて頂きました。
そういう想いを抱いてくださる人が、この世界にひとりでも居てくださる限り、この世界は、多くの哀しみを孕みながらも、また同じくらい多くの優しさを、持ち続けていられるはずと、私は信じています。
そんな皆様への、感謝の気持ちと、今年も訪れた9・11への、切なる鎮魂も込めて。
この作品を、捧げます。
2001年9月11日 午前8時46分(現地時間)
に起きた、米国同時多発テロ。
全世界の様相が、たった一日で塗り替えられた、その日。
確かにその瞬間、世界中の多くの人々が、為すすべもなく、そこで失われていく数多の魂を前に、その命の重さを、目の当たりにしたはずだった。
したはずだったのに、その時を同じくして、この世界は、一つの魂の誕生を、軽んじた。
軽んじた結果、この世界はその魂に、自分たち人間と同じ、命が、…その心が、間違いなくそこに宿っていることを、気づけなかった。
いや、本当は、気づいていたのかもしれない。
気づいていたのに、あえて、気づかないフリをした。そして、わからないふりをし続けたことで、この世界は、テロリストのZEROを、生んだ。
それでも、なお。
そんな愚かな人間たちにさえ差し出される、ZEROの尊い手を、拒み続け、振り払い続けて、この世界の人間は、その愚かな行為を、繰り返した。
そして、そんな愚かしい10年近くの時を費やして、ようやく。
その手を、自分から掴もうとすることに、一分も躊躇わなかった者が、現れた。
そうやって、ZEROの最期を見届けた者たちは。
自分たちが、間に合わなかったと、…きっと、あれから半年以上過ぎた今でも、…そう、思っているに違いなかった。自分たちの選択は、決して間違いではなかったけれども。
あの時点で、自分たちにやれるべきことを、全てやったけれども。それでも。
それでも、自分たちは遅すぎたと、その場にいた誰もが、思っているに違いなかった。それは、僕自身が、彼と向き合っていた8年間、ずっと抱え続けた想いと、同じ種類のものだったから。
だから僕には、わかる。
彼らは決して、それが重いと呟くことは、ないけれど。それでも、その心に、その慙愧の念が常に存在し、消えることのない罪の意識が、重石のように影を落としていることを、僕は誰よりも、知っている。
そんな僕が、彼らに、
『 そうじゃない 』
と、そう、言葉にすることは、至極簡単だったけれども。けどそれは、言葉で伝わるものではないと、僕は感じていた。
現に僕は、それを言葉で、理解したわけでなかったから。
ZEROの、…いや、長野の求めたものは、救いなんかではなかったと。
そのことを知ったのは、誰かから与えられた言葉ではなく、この瞳に宿された光と、この手に触れられた掌から、だったのだから。だから僕は。
いつか彼らが、自分たちは、ちゃんと間に合ったんだと。
そう、感じてくれることを、切に願う。
そのためにも、僕は、ここにいる。
ここにいて。
そして、ここで、生きていく。
彼らの守り続ける、この世界を見つめながら。
哀しくも優しい、その世界の片隅で。長野の魂を、この瞳に抱いて。
+++++++++++++++++++++++++
「悪ぃ、待たせたか? 」
あのアメリカでの、9.11事件から、31回目の今日。
昨年この同じ場所で、30回目の記念式典が行われた時と同様。
アメリカ本国のみならず、駐留アメリカ兵士も多く、テロ撲滅を掲げて組織された、TMTのお膝元であるここでは、大規模な追悼の慰霊祭が、行われる。
その会場となる広場が見下ろせる、小高い丘のベンチに腰掛けて、ずいぶんと手持ちぶさたな様子で、地面から浮かせた足をぶらぶらさせていた准一の背中に、剛のぶっきらぼうな、けど、どこか優しさを含んだ声が、かけられた。
公園とは名ばかりの、人気のない、これといった遊具もなく、ただ見晴台のようになったこの場所に、たった一つだけ、ぽつんと置かれているベンチに腰を下ろして、その柵の向こうに見える、慰霊祭の会場を見るともなしにみていた准一は、その剛の声で、くるんと後ろを振り返り、そっとその頬に、小さな笑みを乗せた。
「別に、時間通りやから、…全然遅れてへんよ」
立ち上がりかけた准一を、そのまま座っていろと言わんばかりに、目深に被ったキャップ越しの、その目で制した剛の動きを正しく読みとった准一は、ベンチに腰かけたまま、肩越しに振り返ってそういった。
その准一の言葉に、剛は、自分の左手に巻かれた時計にちらっと視線を落とし、
「そっか」
とだけつぶやくと、スタスタと歩を進めて、准一の座るベンチをまたぎ越え、その隣にすとんと自らも腰を下ろした。
「僕のが、ちょっと早よ着き過ぎてん。
式典の影響で、こっち方面の電車が込むかと思って、結構余裕もってでてんけど、以外と公共の交通機関は、問題なかったみたいやわ。
逆に、検問ようさんやってる車の方が、道込んでたんと違う? 」
自分の左側に座った剛へ、自分の顔だけを向けながら、そう言った准一に、彼は深々と被っていたキャップを取って、乱れた髪を手櫛でばさばさと整えながら、答えた。
「あー、そうでもねぇけど」
人目を引く容姿をしている割に、それを全く気にとめている様子のない剛は、いかにもめんどくさそうに、適当に整えた髪から手を離すと、反対の手に持っていたキャップを、パンツの後ろのポケットに、無造作につっこんでいた。
もちろん、剛が被ってきていたのは、TMTで支給されている制帽で。
私服であれば、それなりに、今時の青年の格好をしてしかるべきな人物であるはずなのに。
そんなことは、今の彼にとって見れば、本当にどうでもいいことであるのだろうか?
なおかつ、彼が身に纏っているものも、味も素っ気もない、TMTの制服だった。
そのことが、少し残念だと、准一は思っていた。
剛が、TMTの隊員である自分を忘れる時間は、果たして、彼の中にあるのだろうか? と。
ただ、それを聞いたところで、何が変わるわけでもないことを知っていた准一は、そのことには触れず、殊更空気を軽くするべく、軽口をたたいた。
「…もしかして、私用でTMTバッジ使こて、検問すっと飛ばしてきたん? 」
いたずらっぽい目をして、剛を覗き込むようにそう言った准一に、言われた剛は、血相を変えて、答えた。
「んなこと、するわけねぇだろ? 俺をなんだと思ってんだっ! 」
剛が答えたとたん、准一は、小さくクスリと笑い声をもらした。
その声で、准一が、そんなことをするわけがないことを知っていて、わざと言ったことだと気づいた剛は、准一から、自分がからかわれたことに、ばつが悪そうに舌打ちして、そっぽを向いた。
そんな剛を横目で見ながら、もう一度だけ小さく笑った准一は、視線を前に戻して、口を開いた。
「仕事抜けさせてもて、大丈夫やった? 」
明らかに勤務中を想定させる、TMTの制服姿である剛をして、そう言った准一に、ようやく機嫌を直したらしい剛は、少しだけ顔を准一の方へ傾けて答えた。
「抜けてきたんじゃなくて、終わらせてきた」
「……まだ半日分、シフト残ってるやろ? 」
「俺以外のメンバーはな」
「……えっ? 」
「俺は、今日はもう残り時間、全部オフにしろってさ。
一応コレも、業務命令? 」
そういって苦笑いを浮かべた剛に、今ひとつついていけていない准一は、わけがわからないといった表情を浮かべて、疑問の言葉を口にした。
「どないしたん? 」
「うちのチームリーダに、3時間だけ休憩くれって頼んだら、その理由聞かれて」
「うん…」
「ここに、お前と来る約束してるっつったら、今日は不帰にしていいから、行って来いって言われた」
「……坂本さんに? 」
「ああ。
たとえ、1分間っていう短い時間であっても。
長野君の願った未来が、そこにあるはずだから、そこに立って来いって」
「…なっ? 」
「たった60秒でも、世界中から銃声のやむ、その奇跡のような瞬間を。
三人で、……見てきてくれだとさ」
淡々と語られる剛の言葉に、准一は息を呑んだ。
そう、昨年同様、今日この慰霊祭の会場で行われる式典は、昨年と決定的に違うところが、一点だけあった。
それは、この慰霊祭が行われる時間の、そのうちの1分間だけ、世界中から、砲弾の音が消える。
ジェネティックを生み出した人間の英知を、ZEROの死を目の当たりにすることによって、それは、大いなる過ちであったと認識できた人間達が、自分達に、今できるなにかを模索した結果、それは、自分達の犯しうる過ちを繰り返さないために、平和への祈りを捧げることだった。
本来ならば、誰もの心にあったはずの、平和への祈りを、不断の努力で捧げ続けねばならないことは、もしかしたら、間違っているのかもしれない。
でも、そうだとしても。
その、平和を願う人間の心を、少しでも取り戻すために。
失いかけたそれを、どうにかして取り戻そうとするために。
……たった1分間という、ごく僅かな時間であろうとも。
その時間だけは、この地球上から、決して銃声を響かせない為の運動を行ったことで、ようやく勝ち得た、奇跡と呼べる時間だった。
各国の首脳、また出来る限り賛同を得ることが可能な、紛争地域での統括者に訴えかけることによって、完全ではないかもしれないけれども、それでも、可能な限り、この1分間だけは、この地球上から、戦火を治めることを、互いに約束した。
それは、長野によって残された、この世界に生きる人々の、導き出した答えでもあった。
たとえそれが、全ての人々の答えではなかったとしても。
それでも。
自分達の、犯した過ちに酬いるために。
自分達人間が、そのための、小さな一歩を踏み出したことに、間違いはなかった。
「そうなんや…。
三人で見てきて、って? 」
「ああ」
「なんや、坂本さん、…らしいね」
「……そうだな」
坂本の言う三人とは。
剛と准一と、…そして、准一の中に住まう、長野のことを指しているのだろう。
彼らしい物言いに、准一は、熱くなった瞼の裏を納めるために、すうっと顔を上げて、蒼穹の空を見上げた。
この空に、銃声が響かない、奇跡のような瞬間が、今から訪れようとしている。
その時間は、たった60秒。
けれど、その瞬間こそが、きっと、長野の願った未来なのだ。
「60秒の奇跡、……か」
抜けるような蒼い空に、音もなく吸い込まれていく、自分の呟いた言葉たちを見上げながら、准一は、その奇跡の瞬間を想い、自ずと微笑んだ。
しばらく二人は、時折薄っすらと、淡雪を吐いたような柔らかな雲が、ゆらゆらと流れていく空を、黙ってみあげていた。
が、不意に、隣に座っていた剛が、すっくと立ち上がって、手元の時計で時間を確かめた瞬間、カーン、カーンと、教会の鐘の音に似た、空気を震わす澄んだ響きが、あたり一面に、響き渡った。
「始まるな」
剛が、ベンチから数歩前に進んだ、柵の前で足を止めて、眼下を見下ろしながらそう言ったので、それを聞いていた准一も、すっと音もなくベンチから腰を上げると、剛の隣に並んで、丘から見下ろせる位置にある、慰霊祭の会場を見つめた。
今から行われることが、まるで、敬虔な儀式のように。
それを知らしめるために、打ち鳴らされる鐘の音を、しっかりと心に刻み付けるようにして、息をするのも憚られるほどの、ぴんと張り詰めた空気の中に、剛と准一は立っていた。
10回だけ打ち鳴らされる、その鐘の音が止んだ瞬間から、1分間。
その60秒だけ、世界が、静寂に包まれる。
鐘の音が、止まった。
次の瞬間。
剛は、ゆっくりと瞳を閉じて、黙祷を捧げるかのように、微動だにせず、下げた両手を体の横で握り締め、その時間を、体中で受け入れた。
准一は、剛とは逆に、長野の魂を内包した瞳を、しっかりと開けたまま、瞬きをするのを忘れるほど、砲撃が止んだ世界を、じっと、見据えていた。
永遠にも似た60秒が、今、終わる。
バサバサと、無数の羽音を立てて、慰霊祭の会場から、空へ向かって舞い上がっていく、真っ白な鳩の群れに、その1分間が過ぎたことを知らされて、剛と准一は、お互いの顔を見合わせた。
この羽音とともに、この世界のどこかでは、また、砲弾から火の手が上がっているかも、しれなかった。
それでも二人は、どちらからともなく、こくんと、頷きあった。
自分達が立って居た、その60秒に、長野の願う未来があったことを、確認しあうように。
そのことを、長野も感じていてくれたはずと、互いに信じあえるように。
「この世界の、…今この瞬間の記憶が、これからも、ここで刻まれて行くんやろうね」
准一は、呟くように、そういった。
この世界の、一度としてとどまることなく、足早に過ぎ去っていく時間の中で。
どれほどの過ちが、犯されようとも。
その過去の時間があったからこそ、今のこの時間があることを、受け入れなければいけない。
あるがままに、…と。
そう願った、長野の想いを信じるのだから。
だから、この瞬間の連続が、いつかの未来になりえることを、今の自分なら、信じられる。
いや、そう信じたい。
だから准一は、そうった。
そういった准一を、ふっと見やった剛は、
「そうだな」
と、言葉すくなに、けどしっかりとした声音で、答えた。
「これから先の。
この世界の行方を決めんのは、今この瞬間に、失われた命の重さを、その心で感じている人たちなんやとしたら、この世界の抱える過ちも、痛みも、哀しみも、…全部。
いつかは、……越えられるんやろか? 」
「超えて見せるさ。
そのために、俺達は、この世界に生かされているんだから」
こともなげに言った剛は、不遜な顔で、片方の唇を持ち上げるようにして、准一を見た。
准一は、そんな剛を見て、ふっと肩の力を抜くと、
「そやね」
と、返した。
その准一の同意の言葉を聞いた剛は、自身も准一と同じように、肩でひとつ息を吐き、今の今まで気を張っていた背中を、くるりと身体を回転させてその後ろにある、腰高の柵に預けると、くいっと顎を持ち上げて、空を仰いだ。
准一は、慰霊祭の会場に、柵越しに背中を向ける剛とは逆の、前を向いたままの姿勢で、その剛の横顔を、そっと盗み見た。
まるでその表情を隠すように、目深にキャップを被って現れた剛が、意図的に、准一の左側に座り、あまり正面切って自分の方を見ようとはしなかった理由が、そこにあったから、自然と目が行ってしまうそこで、視線を止めた。
そこには。
剛の、左のこめかみから頬にかけて、まだかさぶたも出来ていないような、大きな傷があった。
それは、この慰霊祭を目前に控えた数日前、ここがテロの標的にされ、爆弾騒ぎが起きたときに、事態の収拾にあたった剛たちが、ギリギリのところで爆破は防いだものの、逃走しようとしたテロリスト達との銃撃戦で、負傷した、その傷跡だった。
剛が怪我をしたことを、あらかじめ准一は、ニュースを見て、慌てて負傷したTMT隊員に剛たちが含まれて居ないのか、こちらからその確認の連絡を入れた際、健から聞かされていたが、後になって、剛本人が大丈夫だと連絡してきた以上、それ以上口を出すことも出来ず、今にいたっていたが、実際その傷跡を目の前で見ることに、まるでそれが、自分自身の怪我のような痛みを感じて、思わず目を閉じた。
自分の力の及ばぬところで、自分の大切な誰かを、ただ失ってしまう恐怖を、まだ准一は、片時も忘れることはできないから。
そんな准一のかもし出す空気に、はっと自分の失態に気がついた剛は、自分が思わず気を抜いたばかりに、わざと見せないようにしていた方の横顔を彼に晒していることに、軽く舌打ちをして、
「悪ぃ」
と、口の中で呟くように言ってから、もう一度身体を素早く回転させて、そちら側の顔を見せないよう体の向きを変え、柵の向こうへと視線を投げた。
謝られた准一は、ふるふると首を振って、それを否定し、気づかないフリをする必要がなくなったことで、体ごと剛の方を向き、口を開いた。
「剛君は、そないな怪我しても、TMTの隊員である自分を、やめる気はあらへんのやろ? 」
「…ないな」
「だったら、僕なんかに謝る必要は、あらへんよ。
間違おてることしてるなんて、思ってへんのやから、謝る必要はないし。
そもそも、僕も剛君のしようとしてることを、否定する気は、端からあらへん」
「…岡田? 」
「確かに、そんな風に怪我したりするんは、…やっぱり、心配は心配やよ?
やけど、それが剛君の選んだことやったら、僕にはなんも言えん」
「…………」
「ただ、…なんでなんやろ? ……とは、思うけど」
准一が、剛に視線を当てたまま、ぽつりぽつりと、その唇から零していく言葉に、じっと耳を傾けていた剛は、
「何がだ? 」
と、話の先を促すように、尋ね返した。
「剛君が、TMTに入った、…理由? 」
准一は、知っている。
自分の中に、揺ぎ無い何かを持っていて。
だからこそ、こちらがなにをいっても、何をしても、…絶対に揺るがない人間が、この世には存在するということを。
准一の世界の全てであった、かつての長野が、そうであったように。
きっと、坂本や剛も。
いや、恐らくは、井ノ原や、健も。
そういった、自分の中の、決して揺るがないなにかを、持っている。
だから准一は、自分には、それを覆すことも、なぜ? と尋ねることも、できないと思っていた。
その答えが、なんであろうとも、結果が変わらないのであれば、なぜ? と尋ねることは、相手の重荷になる可能性があったからだ。
結果として。
准一は、長野に、多くを尋ねることはなかった。
ただそばに居ることで、展望が開けることはないとわかっていても。
それしか出来なかった自分を、理解していて、どこかでそれを、諦めている部分があったのかもしれないと、今になって、准一は気づいた。
気づいたから、今度は、諦めることをやめて、剛と対等に向き合うことにした准一は、たとえその答えが得られなくとも、聞かずにいた事を後悔することのないように、遠慮がちながらも、その言葉を口にした。
剛がそのことを、やめることがありえないと解っていて、なぜ? と問うことは、相手を困らせることになると解っていても、あえて、尋ねようとする。
以前の准一には、なかったことだった。
言われた剛は、それがわかっていたからか、その刹那、目を見開いて、僅かな驚きを見せたが、すぐに、元の表情に戻して、剛の表情の変化に身構えてしまった准一の肩を軽く叩いてから、なんでもないことのように、口元を緩め、少しだけ言葉を選ぶためにか、眉根を寄せて、話し出した。
「俺がTMTに入ったのは、この世界を守る為だ。
……っていえたら、カッコもつくんだろうけど。
けどホントは、そんなんじゃねぇ」
「ほな、……なんで? 」
「俺は、…いや、少なくとも、誰でもが持ってるわけじゃない、そういう特殊技術を買われて、TMTにスカウトされた、井ノ原君や健と違って、自分から、それが最短距離だからって理由だけで、自衛隊の養成所経由で、TMTを目指してた俺や、元々自衛官から志願してTMT入りした坂本君は、……間違いなく、自分達が世界を守れるなんて、思っちゃいない」
「えっ? 」
「別に、はなから、守る気がないんじゃない。
そりゃ、…守れたら、どんなにいいかって、思わなくもない。
でも、そんなことは、どだい無理なんだ」
「無理って…」
「俺は、最初から、なにも持っていない。
井ノ原君のような、情報操作の技術も、健のような、爆弾処理の技術も。
ただ俺にあるのは、自分の体と、気持ち一つ、……ただ、それだけだ」
「気持ち…? 」
「ああ、俺はそれしか持っていないから。
どんなに頑張ったって、俺なんかに、この世界は守れない、救えない、……絶対に」
「…………」
「だから、最初から、自分がこの世界を守ろうなんて、俺は、考えちゃいない。
それでも、俺がTMTに入ったのは、……今のこの状況を、ほんのわずかでもいいから、…少しでもいい方向に、変えたかったからだ」
「それが、…剛君の、気持ち? 」
「そうだ」
きっぱりと、そう言い切った剛に、准一は、
「そっかぁ…」
と、独り言のように、唇を動かした。
納得したように、その言葉の欠片を落とした准一に、この話は、これでおしまいとばかりの表情で頷いた剛は、自分の内側を准一に晒したことで、もう隠すことを辞めたのか、先ほどと同じように、背中を柵にもたせ掛けて、両手を頭の上にあげると、ゆっくりと伸びをした。
この世界を、守るためではない。
今の状況を、少しでもいい方向に変えたい。
ただ、それだけの為に、自分を盾に出来る人間の気持ちを、准一は、解りたくなかった。
そして、そこまでの想いを持ちえた人間が、自分には決して、世界を守ることが出来ないと、そんな風に考えていることが、…とても、哀しかった。
この世界が、そうやって、誰かの必死な想いで、破滅への途を辿らずにすんでいることを、…そのことを知っている人間は、一体どれほどいるというのであろう。
守られた人間に、感謝しろとはいわない。
けれど、自分が誰かに、守られていることを、忘れてはいけないと思う。
だから准一は、剛の言葉を、理解したわけでも、納得したわけでもなかった。
ただ、ああ、そうなのか…、とだけ、思っていた。
そう思ったから、相槌をうっただけだった。
それが剛の選んだ途なのは、わかっている。
けれど准一の心は、わかるけど、わかりたくはなかった。
准一は、自分の目の奥が、つきんと痛むのを、感じた。
けれど、剛はそのことに気づかず、後ろの柵に背中を預けたまま、慰霊祭の会場から、あの9.11によって、犠牲となった人たちの名前が、順に読み上げられていく、音色のような命の名前の羅列に、そっと耳を傾けて、目を閉じていた。
「超えたくねぇなぁ」
不意に落とされた剛の声に、准一は俯けていた顔を上げて、彼を見た。
「……なにを? 」
小首をかしげるように、准一は目を閉じたままの剛の横顔に尋ねた。
剛は、思わず口に出してしまった自分の言葉に、一旦口を噤んだが、今更黙ったところで、話を逸らすことは無理だと判断したのか、きゅっと自分の下唇を噛んでから、そこに言葉をのせた。
「ん? ああ、…失われた、命の数」
「…え? 」
ふっと目線をあげた剛は、自分を見つめる准一に気づき、怪訝な顔をする彼を、とりなすようにその頬を少しだけ緩めて、端的に答えた。
「あそこで、…あの9.11のツインタワーで失われた、2749の命を、超えたくねぇなって思っただけ」
「超えるって…? 」
「俺が、救えなかった、命の数」
「救えなかったって、…どういうことなん? 」
「だから、…俺が、TMT隊員として関わった事件で、守りきれなかった、命の数だよ」
「…それって……」
殊更、つらつらと言葉を並べる剛と対照的に、ほんの少し、震えを含んだ声で問い返した准一に、微苦笑を浮かべた剛は、あっさりと、答えを返した。
「416」
「………」
「8年で416人。
それが、多いのか少ないのか、…そんなこと、誰とも比べたことなんかないから、全然わかんねぇし、自分がTMT隊員として、あと何年やれんのかも、ホントのとこ全然わかんねぇけど。
けど、俺がTMT隊員としての役目をまっとうするまで、せめて。
せめて、…あの9.11のツインタワーで失った被害者の数だけは、超えたくねぇなって、…思ったんだ」
柵に身体を預けたまま、少し先の何もない虚空を睨むようにして、それを言った剛に、准一は眉間に皺を寄せて、口をぎこちなく動かした。
「ずっと、数え、…てるん? 」
「自分が守れずに死なせた相手のことを、守れなかった俺が、忘れるわけに、いかねぇだろ? 」
さも当然と答える剛に、准一はふと思い当たった自分の考えを、当たって欲しくはないと思いながらも、外れていないだろうなという落胆と困惑の気持ちを込めて、口にした。
「もしかして、…その事件のあった日とか、その全員の名前、…とかも? 」
「覚えてる。
……ついでにいうと、自分が撃った相手のことも、覚えてる」
「なんで? …って、聞いてもええ? 」
剛はすでに覚悟をきめたのか、自分の心うちを今更隠し立てする気はないらしく、あっさりとした表情を准一にみせて、了承の意を表すために、こくんと頷いた。
「それを忘れたら、俺は、人でなくなる。
自分が傷つけた命や、失わせた命の重さを忘れたら、…きっと俺は、人間じゃなくなる」
言われた准一は、それを否定するように、かぶりを振った。
確かに、剛のいうことには、一理ある。
自分が人である以上、自分と同じ人の命の重さを、決して忘れてはいけない。
けれど人の命は、存外軽いことも、准一は知っている。
そして、その人の命を軽く見る、…そんな人でなしが、世の中に五万といることも、知っている。
ならば、そんな世界で、その重さを背負い続けることは、不可能に、近い。
特に、剛のいる場所では。
そう思ったから、准一は、言い募った。
「けど、それって、相手が撃ってきたから、仕方なしの不可抗力やったり、現場に駆けつけたときには、もうどうしようもない状況になってる現場とかで、消されていった命の数とかも、入ってんねやろ? 」
「どんな状況だろうと、自分が引き金を引いたら、それは全部自分の責任だし、TMT隊員である以上、自分が担当した事件の要救助者の救助に間に合わなきゃ、俺が見殺しにしたも同然だ」
「じゃあ、逆に守った命は? 」
「数えても、意味ねぇだろ? 」
「なんでなん? 」
「テロの現場に遭遇する人間は、本来は死ぬはずじゃなかった人間だ。
最初から死ぬはずじゃなかった人間の命が助かるのは、当たり前のことだ。
それをイチイチ数えて、守った命と守れなかった命を天秤にかけたって、なんの意味もねぇ。
守った命は、テロさえなきゃ、もとからちゃんとあった命で、守れなかった命こそが、俺が失わせた命なんだからな」
「…そんなん、重過ぎるやろ? 」
言った准一の方が、泣き出しそうな顔をしているのに、当事者であるはずの剛は、唇を軽く持ち上げて、気丈にも、笑って見せた。
「どんなに重くても、それ全部、引きずって生きてく覚悟がなきゃ、こんなもん持つ資格ねぇよ」
剛は、胸元に収められているであろう、自分の愛銃をぽんぽんと、ジャケットの上から叩いてみせた。
准一は、長野が自分の魂を削って、この世界を守る姿を、ずっとそばで見てきた。
その結果、彼がこの世界を静かに去っていったことも。
そして剛もまた、同じように、生きようとしている。
失った命の重さを、片時も忘れることなく。
その命と、きっと、いつだって剛は、真正面から向き合っている。
それは、おそらく、准一が口出しするようなたぐいの話ではないことは、わかっていた。
けれども。
そうだとしても、いつ、いかなるときも、剛は、自分がTMT隊員であろうとするために、こういうことを、一体いくつ抱えているのだろう?
と、准一は、感じた。
「この世界を、…その全てを守ることなんて、絶対に無理なんだ。
消失の再生は、誰にもできない」
笑顔を消した剛は、真剣な声で、そう言った。
「守ったモノがあったとしても、守れなかったモノもまた、数え切れないくらいある。
人も、街も、花も。
一瞬でなぎ倒されて、消滅する瞬間を、俺は知っている。
それを、止めることもできずに、ただ、そこで眺めているだけしか、できなかったことも」
そこまで言った剛は、自分達がいる小高い丘の上から見下ろせる街並みに視線をやってから、どこか遠くに思いを馳せるような瞳をして、唇を噛んだ。
その横顔をじっと見ていた准一は、ゆっくりと瞳を閉じ、瞼の裏に浮かんだ想いを、剛に届ける言葉とするため、溜めていた息をひとつ、吐き出した。
「守った世界は、ちゃんとあるよ」
「え? 」
「剛君が怪我したそれ」
そういって、准一は剛の顔の傷を指差した。
「その時、ここが守られたから、この花もこの街も、まだここに、ちゃんとあるやん」
剛の顔から指先を離した准一は、自分達の立つそこへすとんとしゃがみこんで、柵の向こう側の、この街を見下ろす、…その丘の斜面に咲く小さな白い花たちを、指差した。
准一の示す先をみやった剛は、それでも僅かに表情を歪めて、
「けどな…」
と、口を開こうとした。
がしかし、それより先に、ぱっと立ち上がった准一の指先が、その唇を塞ぐように、すっと一本そこに立てられ、剛は言葉を飲み込まざる得なかった。
「けど、テロがなかったら、それは当たり前のことやったっていいたいん? 」
准一が確認するようにそう言うと、准一の人差し指で、言葉を止められている剛は、頷くだけで返事を返した。
准一は、とたん、苦笑いを浮かべた。
「ほんなら、せめて、失った命の416と同じ重さで、守った命の数も覚えといて」
「守った命? 」
「1人」
「…は? 」
「守った命は、ひとつ、ちゃんと、…ここに、あるんやで」
剛の口の前で立てられていた指を、そのまますっと下に降ろして、准一はそれを彼の胸の前でとんとあてると、そのまま自分の心臓の上に、それを戻した。
准一の指先で、指し示された、彼の鼓動を刻む心臓の上。
剛の視線は、そこで、縫いとめられた。
「剛君が守った、命の数。
僕の命、…ひとつ分や」
「お前、なにいっ」
「テロに巻き込まれた人らを、剛君が身を挺して、なんぼ救っても、…それは、死ぬ気のなかった人らやねんから、自分が守ったんとちゃうっていいたいんやろ?
僕はそうは思わへんけど、剛君がそう思うんやったら、それでもええ。
でもな、僕はあの時、間違いなく、死ぬつもりやった。
明確な意思を持って、死を選んだ」
「…岡田……」
「でも僕は、まだ生きてる。
やから、僕の命を救ったんは、守ったんは、間違いなく、…剛君や。
それを、忘れんといて」
自分の胸元を指していた手を、すっと降ろして、准一は、微笑った。
「確かに、全部を守ることなんて、無理やと僕も思う。
人間は、自分の手の届く範囲のものしか、守られへん。
そして、失ったものは、二度と同じ形には戻らへん。
やから、今読み上げられている2749の命も、剛君が抱えてる416の命も、どれだけ安らかにと祈ってみても、時とともにその全てが浄化されるなんて、僕は思われへん」
「そうだな」
「せやから、世界を守るなんて、そない簡単なことやない。
でも、それでも。
僕は、ここに生きている。
生きて、明日の世界を見たいと思ってる」
「……明日の世界を? 」
「うん。
死のうと決めてたはずの僕は、まだ、生きてるよ。
失われたものの数に比べたら、たった一つの命かもしれへん。
けど、そのひとつの命が、長野君の瞳を抱いて、この世界の明日を、見たいと思ってる」
「…………」
「1日先を思い、願う、…その幸せを、剛君が、僕にくれた」
時より風の向き加減か、大きくなったり、小さくなったりしながら、途絶えることなく読み上げられる、ツインタワーで失われた人たちの名が、とつとつと流れて、その丘の斜面に吸い込まれていっていた。
それを耳にしながら剛は、准一の唇からこぼれだす言葉の一つ一つを、まるで生まれて初めて聞いた言葉のような表情で、見ていた。
長野と出逢ってから、別れるまでの時間すべてで。
准一が望んでいたのは、終わりの日が来る明日だった。
だから、希望と絶望の折重なったこの世界の、その1日先に思いを馳せる日が来るとは、准一自身、思いもしないことだった。
「ほんまいうたら、どれほどの想いや願いをついやしても、無理矢理奪われていく命を、それを食い止めることは、人間には、でけへんのかもしれん」
現に、ジェネティックの存在を知った今ですら、世界は劇的な変化を遂げることはなかった。
その事実に、衝撃は走った。
けれども、多くの人間にとって、それは、対岸の火事でしかなかった。
そうやって世界は、今日も多くの、人の血や涙を、流させている。
でも。
そうだとしても。
「けど、剛君は、この世界を信じてるし、剛君に守られた僕は、この世界を信じたいと想てる」
そこまでいった准一は、一歩前に足を踏み出し、剛と向かい合うと、そっとその手をとった。
「僕の命を守ったこの手は、優しかった。
でも、この手が守ろうとする世界は、哀しい。
それが、この世界の現実や。
……それでも」
剛は握られたままの己の手を見つめてから、准一の目を、真正面から見つめた。
その向こうに、もうひとつの、魂が息づいている。
それが、見えるようだった。
剛は、息を潜めて、准一の言葉の先を待った。
今はただ、彼の言葉に、そっと耳を傾けていたかった。
「それでも、剛君は、世界を守るよ」
准一の言葉は、剛の涙腺を刺激するのに、十分な力を持っていた。
鼻の奥が、つんと痛むのを感じ、剛は慌てて顔を空に向けた。
けど、その真っ青な空を見上げた目は、哀しみの色を含むことはなく、すうっと細められた。
剛は自分が、TMT隊員としてやってきた時間で、なにも守れなかったとは、思っていない。
けれども、自分が守れたものなんて、失ったものの多さに比べれば、取るに足らない数だと、剛は思ってきた。
でもそれが、准一の言葉で、真っ向から否定されたのだ。
否定されたことを嬉しいと感じるなんて、本当は、おかしいのかもしれない。
けど、准一の言葉は、剛が自分でわざと閉じていた部分に、沁みて来るようだった。
剛は、自分がしようとしていることに、ただの一度も、見返りを求めたことはない。
けど、自分がしていることが、絶対に正しいと言い切れる自信は、ない。
所詮自分がしてることは、人殺しと、かわりがない。
ならば、本当は、もっと違う方法が、あるのかも知れないから。
その狭間で、揺れ動く想いが、自分の中になかったといえば、それは嘘になる。
だから、自分の想いを、命を、…他の人間の想いや命より、軽く見た瞬間が、絶対にあった。
それでも、守った命がここにあると、その手をつながれ、その命の重さをそこにのせて見せられると、それを離してはいけないと、心の奥底から、否が応もなく感じた。
その想いが、もしかすると、今度は自分を、守るのかもしれないと、…剛は思った。
自分が世界を守れるなんて思ってはいない。
けど、自分が守ったんだと言ってくれる准一が、そうだといってくれるのなら、それもいいと剛は思った。
剛は、この先、未来永劫、自分が何をしても、失った命の数が戻ることはないと、わかっている。
たとえ、この世の誰もが、剛の失わせた命のことを忘れたとしても、自分だけは、絶対に忘れない。
忘れてはいけないし、忘れるつもりもない。
けども、守った命も、一つある。
たったひとつ。
けど、その一つが、失った命と同じ重さと、尊さを持つのなら、自分は、世界を守れているのかもしれないと、そんな、夢のような、優しさに、時に甘えることが、できるのかもしれない。
そんな風に想える自分を、剛は、幸せなんだと感じた。
明日になればまた、自分は、この手に人を傷つける道具を持ち、その重さを背負い、死と隣り合わせの現場に、立っているのだろう。
それでも自分は、幸せなんだと、…無性にそう思えて、仕方がなかった。
剛は、准一に繋がれた自分の手はそのままに、背をむけたそこにある鉄柵に、腰をもたせかけて、のけぞるように身体を傾けると、顔ごと、空を見上げたまま、彼に言葉を返した。
「もしも。
もしもこの空が、ニセモノだったとしても」
「…ん? 」
「今、俺の見ているこの空が、実はニセモノで。
俺が、今の今まで、空だと思って見ていたものが、本当は、ツクリモノの、…プラネタリウムの空を、誰かに見せられていただけだったとしても。
だとしても俺は、今、自分の目に映るこの空を、本物の空だと信じる。
この空が、ずっと、こんな風に、蒼く輝き続けることを、願う」
「…………」
「岡田、お前がその空の下に、立っている限り。
その世界を、……守りたい」
「…剛君……」
准一が、言葉を伝え終えた剛を、じっと見つめる瞳の奥には、今、ここにはいない、…けれど、その託された心を抱いた准一がここに生きているかぎり、そのことを悔やんではいないであろう、もうひとつの魂が、静かに、けれど確実に、そこに宿されている。
その命が、今ここにあるために、間に合わなかったのは、自分。
けど、その魂が、まだここに残されているということは、自分が、何もかもに、間に合わなかったわけではないと、……そう、語りかけられている気がして、剛は、その澄んだ准一の瞳と、そこに映る全てを、受け入れることにした。
再び見上げた空が、揺れていた。
いや、空が揺れているわけではなく、それを見つめる自分の瞳が、涙に濡れて、空が揺れて見えていたのだ。
けれども、見つめた世界全てが、切ないまでに、いとおしく思えた。
剛は、目元にこぼれかけた雫を、あいている方の手で、ぐいっと拭い去り、仰ぎ見ていた顔を下げて、准一と向かい合った。
そして、大きくひとつ息を吸い、握られた手をぎゅっと握り返して、その言葉を言った。
「ありがとな」
なにに、”ありがとう”なのか。
誰に、”ありがとう”なのか。
それを明確に説明することは、今の剛には難しかったが、ただ、その言葉しか、今の自分には、語ることが出来なかった。
けれど、それはきっと、まっすぐに、准一の心に届いたに違いなかった。
なぜなら、言われた准一は、その目に浮かべた涙を零さぬように、瞬きひとつせず、ただ、そっと微笑んでから、頷き返したのだから。
この世界が、ただ、ありのままの姿で、そこにあることを、願う。
そんな、誰よりも大きな願いを、誰よりも密やかな想いで、その心に強く刻んだ二人は、どちらからともなく、自分達を見下ろす蒼い空に、視線を投げた。
あの空へ、還っていった彼の声が、そこに、聞こえた気がした。
『 それでも君は、世界を守るよ 』
その掌ひとつでは、掬い切れない命が、はらはらとこぼれ落ち続ける、この哀しい世界を。
それでも、それを、守ろうとする人間がいる限り。
この世界は、優しい輝きに、満ちている。
了
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本編で長野くんが、そらで読み上げた、小学生の坂本君が書いた卒業文集。
『 憎むな、殺すな、欺くな。
神様じゃない限り、そんなこと、人間に言っても無理だってわかってる。
だから、みんなじゃなくていい。
ひとりでいい。
たったひとりでいいから、自分の隣にいる人を。
自分の一番近くに居る、たった一人のその人の手を。
人を傷つける道具ではなく、その人の手を握って欲しい。
その手に、誰かを傷つける道具を持つのではなく。
その手を、あなたの隣に居る、ただ一人の人の。
その、誰かの手を握るために、使ってほしい。
この地球上にいる誰もが、誰かの手をつなぐために、その手を使ってくれたなら。
そうすることが出来れば、きっと世界は、……変わるから 』
この切なる願いを、体現している二人を、私は、書きたかったのかもしれません。
劇的な変化はなくても、守れるものがたった一つの命だったとしても。
それでも、この世界を守ろうとする人間がいる限り、この世界はそこにあって、私たち自身の手に委ねられているんだなって思います。
恐らくここで書いたことが、私自身の願いでもあるのかもしれません。
つながれたその手を、離さぬように。
ただ一人の相手でも。
あなたの隣に居る人を。
そう私は、希求します。
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